1. 台風(熱帯低気圧)の発生と消滅

台風(熱帯低気圧)の定義と発生の認定

台風とは、トロピカル・サイクロンのうち中心付近の最大風速が34ノット以上のもの、と定義されています。また中心付近の最大風速が34ノット未満のものは、熱帯低気圧と呼ばれます。両者の違いは、中心付近の最大風速が34ノットという閾値以上か以下か、という点だけです。

しかし、実際の気象現象は連続的に変化するものですから、両者を厳密に区別することはなかなか困難です。また、台風の中心付近の最大風速を常時測定することも現実にはできませんので、台風かどうかの判断をコンピュータが自動的に下すことはできません。したがって、最終的には専門家による判断に委ねられることになります。

例えば日本であれば、気象庁の専門家がさまざまな気象データを比較しながら中心付近の最大風速を推定し、それが34ノットを越えていそうだと確信を持つことができれば、台風の発生を宣言します。ところが、日本の気象庁の専門家がそう判断しても、アメリカの専門家はまた別の見方をしているかもしれません。データの読み取り方によって、最大風速が34ノット以上なのか未満なのかの判定が分かれることがあります。このように専門家の判断は各国でまちまちになる可能性がありますので、基本的に各国の気象機関は独自に台風の発生を認定しています。ただし北西太平洋地域では、日本の気象庁の判断が国際的には公式のものと定められています。

(注1.1)米国JTWCではTropical depression以上の強さになった熱帯低気圧に番号を与えます。これは気象庁が台風への命名をおこなう基準(Tropical storm)よりも低いため、気象庁よりも先に番号の付与がおこなわれることがあります。

継続期間の定義と長寿台風

このように人間の判断が介入することから、逆に台風の発生と消滅の日時は明確に定めることができます。例えば一般の熱帯低気圧の場合は、それがいつ発生し、いつ消滅したかは、気象現象がそもそも連続的な自然現象ですので決めようがありません。しかし台風に関しては、専門家がその発生と消滅を宣言しますので、一生の期間を明確に定義することができるのです。これが台風の一生に関する特異な性質です。

ただし、台風の寿命、すなわち台風の継続時間の定義には複数の可能性があります。というのも、台風がいったん熱帯低気圧に衰えたあと、しばらくして再び台風として復活することがあり、その期間をどう扱うかで台風の寿命が変わるからです。過去には2度生き返った例(台風197306号)もあるほどです。つまり台風の寿命の定義には以下の2通りの可能性があることになります。

  1. 台風として最初に誕生した時間から最後に消滅した時間までの期間(「気象庁」定義)
  2. 上記の期間から、台風ではなく熱帯低気圧だった期間を除いた期間(「デジタル台風」定義)

このように「デジタル台風」定義は、熱帯低気圧だった期間を除く点において、「気象庁」定義とは異なります。ゆえに、気象庁がまとめた情報としての長寿台風のランキングと、デジタル台風が提供する長寿台風のランキングは微妙に異なります。両方の定義によるこれまでの記録については、以下のページから検索して下さい。

長寿台風とは何かに関する明確な定義はありませんが、長寿台風の最長記録は20日弱、そして15日を越えれば歴代有数の長寿台風とは言えそうです。また上記のランキングでは、台風の移動距離についてもランキングを表示できます。一般的に長寿台風は複雑な経路をたどり、ジグザグな経路やループを形成することで移動距離を稼ぐことになります。また藤原効果など、台風と他の現象との複雑な相互作用が、そうした複雑な進路を生み出す原因となることもあります。

一方、2つの定義で寿命が異なる台風は、言い替えれば復活台風でもありますので、そのリストは 復活した台風のリストとして一覧できます。

2. 台風は温帯低気圧に変わりました

よく天気予報で「台風は温帯低気圧に変わりました」との解説を耳にします。これはどういう意味なのでしょうか?そもそも台風と呼ばれるには2つの条件があります。すなわち、(1) 熱帯低気圧であること、(2) 最大風速が基準値以上であること、です。この2つの条件が満たせなくなったとき、それは台風ではなく別の名前に変わります。

「台風は温帯低気圧に変わりました」という表現は、実は1番目の条件が満たせなくなった時に使われる表現です。具体的には、台風の構造が熱帯低気圧(tropical cyclone)の構造から温帯低気圧(extratropical cyclone)の構造に変化した場合に使います。台風は熱帯低気圧の一種ですから、中心付近には暖かい空気のみが存在します。そこに冷たい空気が入ってきて、もはや暖かい空気だけとは言えないとなったとき、台風の構造が変化したことを宣言する、というのがこの表現の意味です。この状態から再び暖かい空気だけの状態に戻ることは難しいため、この変化は基本的に後戻りしません。

一方、「台風は熱帯低気圧に変わりました」という表現は、2番目の条件が満たせなくなった時に使われる表現です。具体的には、中心付近の最大風速が台風の最低基準を下回った場合に使います。最大風速がたまたま基準を下回っただけで、熱帯低気圧の構造は保たれていますので、周囲の環境が回復すれば熱帯低気圧から台風に復活することもあります。

このように、台風から温帯低気圧への変化は構造の変化を意味し、台風から熱帯低気圧への変化は強弱の変化を意味する、というのがキーポイントです。この違いを理解すれば、「台風は熱帯低気圧に弱まった」という表現はおおむね正しい(注2.1)けれども、「台風は温帯低気圧に弱まった」という表現は一般に正しくない、という違いも理解できるでしょう。なぜなら、温帯低気圧に変わったという表現は、風速の変化とは関係なしに構造の変化に着目した表現であるため、それに伴って風速も弱まるとは限らないからです。実際には「台風は温帯低気圧に強まった」という場合も少なくなく、防災上はむしろこちらの方が危険であることは記憶して下さい(例えば台風200418号)。

台風から温帯低気圧への変化は連続的なので、ある時点でガラっと変わるものではありません。したがって、変化した時刻を一点に決めることは難しいのですが、種々の気象観測データを根拠として温帯低気圧の性質が支配的になったと判断できれば、その時点で温帯低気圧への変化を宣言することになります。例えば、前線が台風の中心にまで延びてきて、台風の中心付近にまで冷たい空気が入り込み、熱帯低気圧の特徴である暖かい空気の塊(暖気核)が不明瞭になってきたかどうかを見ることになります。

(注2.1)これも正確には風が弱まったことしか意味していないので、雨が弱まったかどうかは関係ないことに注意しておく必要があります。