福島第一原発周辺気象データアーカイブ : 2011年3月11日〜25日 / 風向・風速(モデル比較)

福島第一原発事故によって大気中に放出された放射性物質の動きを分析するための補助資料として、気象庁が提供する各種の数値予報モデルGPVの風向・風速データを比較するための時系列画像アーカイブを提供します。なおリアルタイムデータは福島第一原発周辺の風向きマップで提供しています。

高度別のアーカイブリスト

気象庁数値予報モデルGPVの比較

気象庁が提供する各種の数値予報モデルGPV (Grid Point Value)は、同じ時刻、同じ範囲のデータであっても、その中身は異なっていることに注意する必要がある。これは誤差というよりは、それぞれのモデルの目的および使えるデータが異なることが原因であり、それぞれの目的に合わせて適切なデータを利用すればよい。

例えば本サイトで提供する福島第一原発周辺の風向きマップが利用しているのは「メソモデル」である。一方、放射性物質の拡散シミュレーションとしてすっかり有名となったSPEEDIでは、計算の仕組み │ SPEEDI │ NNETの図面から、気象庁の「全球モデル日本域」を利用していると考えられる。

このような数値予報モデルGPVはどのように異なるのか、放射性物質の拡散シミュレーションに影響を与える可能性のある相違点を以下にまとめた。なお2013年3月28日から、GSM-jpの予報時間が192時間から264時間に延長となった。

モデル 高度 解像度 更新頻度 予報時間
全球モデル日本域 (GSM-jp)
説明
地上 0.2度×0.25度
151x121
1日4回 00, 06, 12, 18UTC = 84時間(1時間間隔)
12UTC = 264時間(3時間間隔)
上空 00, 06, 12, 18UTC = 84時間(3時間間隔)
12UTC = 264時間(6時間間隔)
メソモデル(MSM)
説明
地上 0.05度×0.0625度
505x481
1日8回 00, 06, 12, 18UTC = 15時間(1時間間隔)
03, 09, 15, 21UTC = 33時間(1時間間隔)
上空 0.1度×0.125度
253x241
00, 06, 12, 18UTC = 15時間(3時間間隔)
03, 09, 15, 21UTC = 33時間(3時間間隔)
毎時大気解析(ANL)
説明
地上 0.05度×0.0625度
505x481
1日24回 予報なし
上空

シミュレーションに与える影響

このようなモデルの違いは、放射性物質拡散シミュレーションにどのような違いを与えるのか、特にSPEEDIに対してはどうなのか、それを以下に考えていきたいと思う。

まずSPEEDIの仕組みを確認しておこう。計算の仕組み │ SPEEDI │ NNETによると、SPEEDIシステムは以下の部分から構成されている。

局地気象予測計算(PHYSIC)
GPVデータの内挿により2km格子を作成。鉛直拡散係数、大気安定度の予測データを作成。
質量保存則風速場計算(WIND21)
PHYSICの内挿および現地モニタリングポストデータの同化(?)により500m格子を作成。
濃度・線量計算(PRWDA21)
WIND21の結果に放出源情報や地形データを加えて250m格子で計算。その際には 1) 沈着と減衰を考慮し大気中濃度と地表蓄積量を予測、2) 核種からの複数のγ線による寄与など考慮して空気吸収線量率を計算、3) 空気吸収線量率から外部被ばく実効線量を計算、4) 吸入による臓器等価線量や内部被ばく実効線量等を計算、という4つの計算を実施。

最後の濃度・線量計算は、それ以前の風速場計算に依存している。したがって以下に風速場を正確に計算するかが、濃度・線量計算において重要である。

そこで地上データを対象に両者のGPVデータを比較することで、SPEEDIの拡散予測情報に生じうる問題点をまとめておきたい。なお断っておくと、以下の文章はSPEEDIがGSM-jpではなくMSMを使うべきと主張するものではない。どの気象モデルにも限界があるので、それらの間に差があったとしても相対的なものである。むしろSPEEDIの拡散予測情報に潜む問題点をあらかじめ考えておくことで、SPEEDI計算結果に続いて今後も続々公表されるSPEEDIアーカイブデータを読み解く際の参考にしたい。

解像度の粗さによる精度の低下

MSMよりもGSM-jpの方が格子が2-4倍粗い(格子点では4-16倍粗い)ので、GSM-jpでは細かい地形による影響が無視されて、精度の低下につながる可能性がある。

ただしこう書くと以下のような反論が来るだろう。SPEEDIはもっと細かい250m格子で計算している、地形だってより細かいではないかと。確かにその通りである。しかしここで注意すべきなのは、「新たな観測データを取り込んだ高解像度化がされているのか」という問題である。内挿だけでは本質的に情報量は増えないからである。シミュレーションでより細かい地形を考慮することで、地域ごとの風向の微妙なゆらぎなどはMSMよりも精密に表現できるかもしれない。しかしそれは全体の中では微修正という範囲にとどまるものだと思う。

今回の事故では原発周辺のSPEEDIモニタリングポストのデータも使えなくなった。もしそれらが使えば「新たな観測データを取り込んだ高解像度化」も可能だったかもしれない。しかし独自のデータが入手できない状態では基本的にGPVデータをそのまま使うしかなく、そうなるとGSM-jpの粗さの影響が強くなってくるだろう。

このことによる影響として最も懸念されるのが、福島中通りにおける拡散予測である。例えば福島で22.30μSv/hを記録(17:10)した2011年3月15日17時のGPVデータを見てみよう。すると、MSMでは福島中通りを南下する風が表現されているのに比べて、GSM-jpではそうした風は全く表現されていない。この風をSPEEDI上で再現するためには、福島付近の観測データをシミュレーションモデルに取り込まなければならず、単に地形モデルを細かくするだけでは出てこない。その計算を自前で頑張るぐらいならば、そもそも最初からMSMを使えばよいのではないかと思える。

ただしSPEEDIはそこまで遠いエリアは対象にしていないという可能性もある。先述のSPEEDIの仕組みによると、濃度・線量計算の対象となっているのは原発周辺25km四方のエリアである。さらに先日公表されたSPEEDI計算結果でも、おおよそ10km四方、すなわち緊急時計画区域(Emergency Planning Zone : EPZ)周辺までしかカバーしていない。いずれにしろ、放射性物質が福島中通りにまで広く拡散する事態をきちんと予測するのは困難だった可能性がある。

計算頻度の少なさによる精度の低下

GSM-jpは1日4回の計算、MSMは1日8回の計算である。このことにより、実際の気象条件の急速な変化に対してGSM-jpは常に遅れ気味になり、このことが精度の低下につながる可能性がある。

このことによる影響として最も懸念されるのが、福島第一原発北西方向(飯舘村等)のホットスポットにおける拡散予測である。北西方向に放射性物質を輸送する南東風がいつ始まってどのくらい続いたのか。MSMを見る限りでは風向がその方向に変化したのは3月15日昼前である。風向は数時間のうちに大きく変化しており、その変化に迅速に追従していかないと、放射性物質の拡散範囲に大きな誤差が生じる可能性がある状況である。

ところが両者とも9時に更新したあと、MSMでは12時に更新するチャンスがあるのに対して、GSM-jpでは15時まで更新のチャンスがない。そして2011年3月15日12時のデータを見ると、MSMではすでに南南東から南東の風が表現されているのに対して、GSM-jpでは相変わらず東の風が続いている。15時の更新によってGSM-jpでもようやく南風成分が表現されるようになったが、その時点ですでに3時間は遅れている。こうした遅れは平常時であれば許容できる範囲だろうが、緊急時でもこれで良いのかは検討の余地がある。

気象モデルの違いについて

上記の議論は気象モデルの「利用方法」に関する議論であって、気象モデルそのものの優劣に関する議論ではないことに注意されたい。そもそも気象モデルが何種類も存在するのは、それぞれ利用目的が異なるからであり、1種類ですべての利用目的をカバーできるものは存在しない。GSM-jpにもMSMより予報時間が長いというメリットがあり、あらゆるケースでGSM-jpよりMSMが優れているというわけではない。それに、MSMやGSM-jpだけでは、他国に拡散していくような地球規模の拡散には対応できない。

あくまで、どの気象モデルをどのように利用するか、そしてその限界はどこにあるのか、という点に注意することが重要であり、そのような観点からSPEEDIシミュレーションに潜む問題点についても考えていきたい。

アーカイブリスト

2011年3月11日〜25日

2011年3月26日以降