1. 概要

気象現象の予測は最も身近な科学的問題の一つである。その技術は、広域的な観測手段の発達と計算能力の向上によって飛躍的な発達をとげた。しかしそこには理論的な限界も存在する。

2. 気象現象予測の歴史

気象予測の目的を一般的に述べれば、気温や気圧などの気象要素の将来的な変化を予測すること、さらに晴や雨など日常生活により馴染み深い天気に翻訳した形で予測すること、などを挙げることができる。その方法は歴史的には、以下のような段階を経て発展してきた。

  1. 周囲の観察による観天望気
  2. 天気図を用いた総観的予測
  3. 気象の力学的理論に基づく数値的予測

周囲の観察による観天望気

最初の観天望気の時代には、人間が周囲の大気状況を見回すことにより、ごく地域的な気象を予測していた。しかし19世紀に天気図が発明されると、嵐の移動が天気図上で追跡できることがわかり、このことが大規模な気象現象の時間発展に着目する総観的気象予測が広まるきっかけとなった。

天気図を用いた総観的予測

さらに気象の力学的理論の発展につれて、数値的シミュレーションによる気象予測というアイデアが芽生えてくる。そのアイデアを最初に提案したのは英国のルイス・リチャードソンである。しかし彼の見積もりによると、気象自体の進行よりも速く天気予報を作成するには、64,000人の計算職人による超並列人力計算という非現実的な計算能力が必要であることが判明し、そのような「天気予報工場」は結局実現しなかった。

気象の力学的理論に基づく数値的予測

そして世界最初期のコンピュータENIACが完成すると、弾道計算とともに気象予測がその主要な研究分野に選ばれ、数値的気象予測がいよいよ現実のものとなる。ここで数値的気象予測とは、大気の運動を支配する流体力学方程式と熱力学第一法則とを用いて、気象現象を数値的に計算する技術を指す。その計算量は莫大になることから、コンピュータの発明以来、世界最速コンピュータの適用分野には常に大規模数値的気象予測が顔を出している。そして現在世界最速のコンピュータである「地球シミュレータ」でも、やはり台風の数値予測や長期気候変動予測が重要な応用分野となっている。

3. 気象現象のリスクと確率的表現

このように、観天望気から数値気象予報へと、気象予測技術が着実に向上していくにつれて、重大な気象現象が生じる前にその発生の可能性をより正確に把握したい、という要求も高まってきた。その背景には以下の2つの動機が存在すると考えられる。

  1. 災害を軽減するため(防災目的)
  2. 損失を軽減するため(ビジネス目的)

確率に基づく意思決定

まず災害の軽減には、精度の高い予測だけでは不十分であり、社会基盤整備(洪水や高潮を防ぐための堤防づくりなど)や警報の迅速な広報手段(テレビ、防災通信網、インターネットなどのメディア)の整備などが重要であることが知られている。その一方で損失の軽減には、確率という不確実情報に基づく意思決定が有効であることが知られている。

例えば傘を持つかどうかという意思決定には、傘を持たずに雨に濡れることによる損失(あるいは傘を購入することによる損失)、および傘を持ち歩くことによる損失を定義することにより、降水確率がある値以上ならば傘を持つ、という形で、損失を最小にする最適な意思決定が実現できる。このようなリスク管理に確率的表現が有効であることから、最も歴史が長く馴染みが深い降水確率だけでなく、ある地点が台風の暴風域に入る確率など、気象予測の不確定さを定量的に表現する手段としての確率的表現が多用されるようになりつつある。

天候デリバティブ

このような確率的概念に基づく天候リスク管理をさらに徹底するのが,天候デリバティブ(weather derivatives)などの新しい金融商品である.天候デリバティブとは,予期せぬ天候の変動によって収益が減少するリスクを回避するために,リスク計量化技術を用いて収益を安定化させるための商品である。そのような商品の実現にはリスクの計測、すなわちある事象が発生する確率の推定が不可欠である。

そのような確率を推定するためのモデルとして最も正統的なのは、数値的予測モデル(気象変動モデル)を用いる方法であるが、長期の予測とその評価は「大気の非線形性」のために本質的に困難である。ゆえに実際には、確率分布モデル、すなわち、過去30年間の平均台風発生数といった平均値やその確率分布関数などを基礎とする方法が主流である。またさらに発展したモデルとしては、コロラド州立大学の台風発生数に関する長期予測のように、エルニーニョ現象や降水量など少数の気象パラメータを用いて、統計モデルを構築して確率を推定する方法も提案されている。

4. 気象現象予測の特徴

テレコネクション

気象現象の予測で特徴的な現象の一つに、テレコネクションという現象がある。これは、時空間を遠く隔てた共起関係を意味する言葉であり、ある時点・位置で生じる現象が、時空間上で遠く離れた場所で生じる現象の前触れになっていることがある。その最も有名な例は、南米ペルー沖に生じるエルニーニョ現象と、その影響で生じる各地の気候変動である。

エルニーニョとは、もともと冷たい海水が流れる南米ペルー沖に毎年クリスマスごろになると訪れる季節的な暖水流に対し、この地域の人たちが呼んでいた言葉である。以前は、ペルー沖に生じる局地的な現象と見られていたが、現在では太平洋全域にわたる、大気と海洋が結合した振動現象のあらわれであり、それゆえにペルー沖の現象が、太平洋の反対側の東南アジアや中・高緯度における気候変動の前触れになっていると理解されている。このように大気には遠隔的な作用があるため、気象現象の予測は必ずしも時空間的に近接した場所だけを見ていればよいわけではない。

大気の非線形性(カオス)

気象現象予測のもう一つの特徴は、予測可能な期間に理論的な限界がありそうだ、という点である。言い替えれば、長期的な気象予測は理論的にも不可能である、ということになる。その最大の理由は大気の非線形性、つまり大気を支配する力学法則が非線形なモデルであること、という点にある。

非線形な力学法則のもとでは、決定論的カオスとよばれる現象、つまり現在から未来は決定的に予測可能であるにもかかわらず、現在とよく似た状態からは全く異なる未来が生じる、という現象が生じる。このような性質は「初期値への敏感な依存性」、つまり初期値での微小な誤差が時間発展とともに拡大する性質に根本的な原因があり、誤差が拡大する前の短期的な予測が可能だとしても、誤差が拡大した後の長期的な予測は理論的に不可能である、という結論が得られる。

ただし、たとえ予測が困難であるとしても、全くでたらめな気象現象が生じるわけではなく、あくまで起こりうる範囲内の気象状態の一つが実現するに過ぎない。したがって、現在の状態、および現在に微小な誤差を加えた状態という複数の初期値からの時間発展をシミュレーションし、その平均値を予測とする方法(アンサンブル)が有効な場合がある。

5. 関連ページ

予測に直結した研究ではないが、その手掛りを得るための研究として、 特に「台風」を題材とした研究を進め ている。その内容については 台風 のページに詳しい。またその研究成果の一部は、デモンストレーションと して、デジタル台風ウェブサイトで公開し ている。

6. 参考文献(全リスト

  1. 北本 朝展, "自然現象での予兆発見〜台風予測に欠けているもの〜", チャンス発見の情報技術--ポストデータマイニング時代の意思決定支援, 大澤 幸生 (編), pp. 43-56, 東京電機大学出版局, ISBN 4-501-53640-3, 2003年9月 [ 概要 ]