1. 台風に対する防災と減災

本データベースでは、台風による災害を誘因・変動・被害という3つの基本要因に分解して表現します。このように考えることのメリットは、基本要因ごとに適した防災対策を、より明確に考察できることにあります。

1. 誘因に対する対策

まず誘因に対する防災対策として、そもそも台風をなくしてしまえばよいという発想があります。台風調節や台風制御(modification)と呼ばれるこのようなアイデアは、はるか昔から考えられてきました。

実際に台風(ハリケーン)の制御を試みる実験もおこなわれました。具体的には、ハリケーンの上空からヨウ化銀をまいて雨を早めに降らせることにより、上陸前にハリケーンのエネルギーを弱めてしまうことが実験の目的でした。実験の最中におこなわれた観測によると、ヨウ化銀を散布することでハリケーンは弱まったようにも見えました。しかし最終的には、それが本当に実験の効果であることを厳密に確認することはできませんでした。(参考:ストームファリー(Stormfury)・プロジェクト)。

こうした実験に関しては、制御の予測不可能性という問題も忘れてはなりません。まず制御を行なうことによって、台風が急に進路を変えたり、かえって発達を始めたりして、結果的に被害が拡大してしまった場合に、誰が責任を取るのでしょうか。また、台風を弱めすぎたために雨量が減り、結果的に干ばつを引き起こしてしまった場合に、誰が責任を取るのでしょうか。実際のところ、沖縄などの離島では台風による降雨が不可欠の水資源となっていますし、日本の他の地域でも台風による大量の雨は水不足を解消する恵みの雨になっています。もし台風の制御を行うならば、こうした将来にわたる副作用までを十分に考慮しなければならないのです。

たとえば、遠い未来に台風の制御が完全に可能となったと仮定してみましょう。台風の制御は誰がどのような目的で行えばよいでしょうか。ある人が「ダムが空っぽになりかけているので、台風を一つこちらに寄越して下さい」と言えば、別の人は「いや明日は大きなイベントがあるから勘弁してくれ」と言うかもしれません。「うちの国に来ると面倒だからいっそ別の国に上陸させて被害を出してしまえ」などという陰謀をたくらむ人も出るかもしれません。そうすると今度は国ごとの欲望のぶつかり合いが始まります。

結局すべての人の要望を満たすことは不可能ですから、政治的判断(干ばつ問題の解決が災害よりも重要であると判断する)やマーケットメカニズム(支払額に応じて要請を満たす)などが使われるようになるでしょう。さて、これは望ましい未来の姿でしょうか。もし自分の要望が無視された結果として被災したとなれば、ますます不満が高まるのではないでしょうか。

台風は、被害を引き起こすものであると同時に、恵み(*1)をもたらすものでもあることを考えれば、台風をどのように制御すればみんなのためになるのか、それは適切な判断が事実上不可能な問題であることがわかります。結局のところ、防災のためだけに台風をなくしてしまえばよい、というのは、人間が自然を過剰にコントロールするという、極端な防災対策と言わざるを得ません。

(*1) 台風による恩恵としては、大量の降雨によって水資源を支えるという側面が代表的ですが、その他にも、強い風で海水をかきまぜることで南の海のサンゴや生態系を維持する、などの側面もあります。熱帯地方の自然は、台風という自然現象が存在することを前提に、うまくバランスが取られているのかもしれません。

2. 変動に対する対策

次に変動に対する防災対策を考えてみます。台風による大雨強風という誘因が発生し、そのことによって様々な変動が発生することはあきらめるとしても、それを大きな災害に直結させないためにはどうすればよいのか、という問題意識が生まれます。

これまでの長年にわたる防災対策の大部分は、このレベルに対する対策として進められてきました。洪水を防ぐためには、水位の上昇という変動にも耐えられるように堤防を高くしたり、あるいは水位の上昇という変動を小さくするために川幅を広げて直線化すればよいでしょう。高潮を防ぐためには、海面の上昇という変動にも耐えられるように海を囲む堤防(防潮堤)を高くすればよいでしょう。がけ崩れや土石流などの地表の変動に対しては、それを起こさないようにがけをコンクリートで覆ったり、あるいはその勢いを弱めるように砂防ダムを作ればよいでしょう。このように、より大きな変動にも耐えられるようにすること、あるいは変動の規模を小さくすること、などを主眼とする防災対策が、これまで進められてきました。

過去の台風災害やその他の自然災害の貴重な教訓をもとに進められてきたこのような防災対策が、近年の台風による死者数の激減に大きく貢献したのは間違いありません。しかし、こうした対策に限界が見えてきたことも確かです。例えば防災対策のために自然を改変することは、自然環境や生態系・景観を保護するという観点から困難になりつつあります。

3. 被害に対する対策

最後に、変動が起こることは許容するとしても、それによる最終的な被害は何としても減らしたい、というレベルの防災対策を考えます。例えば遊水地とは、そこに洪水を起こすことで他の地域の洪水を抑えるためのものです。また濃尾平野に見られる輪中なども、洪水の発生を想定した上で被害を抑えるための対策でした。また、土砂災害の危険性が高い土地にそもそも住まなければ、がけ崩れなどの地表変動が発生しても直接的な被害は生じません。つまり、こうした変動を絶対に起こさないことを目標とするよりは、変動が起こる可能性も想定したうえで、それでも被害を最小に抑えることを目標とする減災対策が、今後は重要になると考えられます。

被害を抑える対策のもう一つの柱は情報です。まず適切な災害情報の提供によって、人々の行動を変えることが被害の抑制につながります。事前に入手できるハザードマップなどの災害情報、リアルタイムで入ってくる災害情報などに基づく、適切な対応や避難などが被害の減少に直結します。一方で、素早い災害情報の収集による人命救助や避難誘導も、被害の抑制に有効です。最後に、過去には人々が住まなかった危険な地域にも人々が住むようになってきたことから、過去の経験という貴重な情報を収集し、断絶することなく伝承することの重要性にも、再び目が向けられるようになってきました。こうした災害情報の有効活用は、今後の防災対策においても重要な課題として取り上げられることでしょう。

2. 関連リンク