1. 台風インパクト指数

台風による災害を調べる場合、歴史的な観点から個々の台風ごとの影響の大きさを比較したいと思うことがあります。最も簡単な方法は、最低中心気圧(小さい方が強い)や最大風速(大きい方が強い)の比較でしょう。しかしこれらはあくまで、台風の強度を中心付近の特徴で表したものですから、台風からの総合的な影響の大きさをこれらの数字だけで見積ることはなかなか困難です。

台風による影響は、主に大雨と強風という二つの側面から捉えることができます。そこで台風が日本に与えた影響を見積るために、台風インパクト指数なるものを計算してみます。これは全国のアメダス観測データを用いて、以下のように計算します。

大雨インパクト指数

まずアメダス観測所の位置情報から、台風の最接近時刻を計算します。次にその時刻を中心に、無降水継続期間にはさまれた期間(ひと雨)の降水量の合計(総降水量)を計算し、これを台風の影響を受けた期間内の総降水量と定義します。

無降水継続期間の定義は種々ありますが、気象庁による定義など多くのものは、降水が24時間以上観測されない場合を無降水継続期間としています。ただしこの定義をそのまま適用すると、ひと雨期間が不自然に長くなる場合があるため、ここではやや厳しい以下の定義を用います。

  • 1時間降水量の系列に対し、24時間の間に降水が2時間以下、降水量合計が3mm以下の場合は無降水継続期間とする。

これは降水量のごく小さい降雨を台風による雨に含めないための対策です。ただし、これは対症療法的な対策であり、本来は気象学的・統計学的根拠に基づく理論構成があってしかるべきものです。

ひと雨降水量をすべてのアメダス観測所について計算したあと、全国のアメダス観測所の降水量を単純合計して、最大の台風の値を10000として規格化したもの大雨インパクト指数と定義します。以下の問題があることに留意する必要があります。

  1. 複数の台風がきわめて短い時間間隔で接近した場合、一連の台風による降水が指数に加えられることがあり、その場合は個々の台風としては過大評価となります。一方で、一つの台風が時間間隔をおいて複数回接近した場合、台風による一連の降水のうち一部だけしか指数に加えられないことがあり、その場合は個々の台風としては過小評価となります。
  2. アメダス観測所から800km以内に接近した台風を、台風インパクト指数の計算対象としています。しかし、最接近距離が500km以上など台風中心が遠く離れた場合には、他の誘因による降水の可能性もありますので、理想的には天気図などを用いて総観的な気象状況を確認することが必要です。一方で、800kmという数字には特に理論的な根拠がないため、台風中心から遠く離れたアメダス観測所での台風による降水が記録から漏れている可能性があります。
  3. 時期によってアメダス観測所の空間配置の密度が異なりますので、理想的には降水量を単純合計するのではなく、アメダス観測所の空間的な密度で正規化する必要があります。正規化をしていない影響で、指数には最大で20%〜30%程度の誤差が生じると予想されますが、この指数にはその他の誤差要因も含まれているため、この側面だけを厳密に補正することにはあまり意味がないと考えています。

強風インパクト指数

次に強風の影響を計算します。まず上記の台風最接近時刻の前後24時間(合計49時間)の最大風速を調べ、その期間内の最大値を、個々の台風による最大風速とします。次に、風のエネルギーが風速の3乗に比例することから、最大風速を3乗した値を計算します。この値を全国のアメダス観測所について合計し、最大の台風の値を10000として規格化したものを強風インパクト指数とします。

この指数についても、大雨インパクト指数の問題点(特に3)が当てはまることには留意しておく必要があります。また雨量についてもあてはまる問題点ですが、特に局所性が強い風速については以下の点に留意する必要があります。

  1. アメダス観測所の移動などが原因で、風速の傾向が変化することがあります。例えば観測所が高い場所に設置されるようになると、風速の値は大きくなる傾向がありますが、これは気象現象の影響というよりは、むしろ測定方法の変化による影響と解釈すべきでしょう。こうした補正は、アメダス観測所の移動記録を元に一つ一つ検証していく必要があります。しかしここで計算している指数は全国を平均したものですので、個々のアメダス観測所において生じる変動は、全体には大きな影響を与えないとみなしてもよいと考えます。

雨台風と風台風

こうして計算した大雨インパクト指数と強風インパクト指数は、いわゆる「雨台風」と「風台風」との区別に対応しています。強風インパクト指数に比べて大雨インパクト指数が大きな台風は「雨台風」、大雨インパクト指数に比べて強風インパクト指数が大きな台風は「風台風」と言えるでしょう。

「指数で検索」の上位をみると、上の意味での代表的な雨台風は、197617号199019号、一方で代表的な風台風は199119号199918号などになります。さらに197920号については、世界最低気圧の870hPaを記録した台風にふさわしく、大雨インパクト指数と強風インパクト指数の両方が大きいという、総合的な強大台風だったことがうかがえます。

上の分類は、「台風インパクト指数2次元ヒストグラム」を見れば、より直観的に把握することができます。この表で縦軸は大雨インパクト指数、横軸は強風インパクト指数です。したがって、この表の左上は雨台風タイプ、右下は風台風タイプ、右上は雨風ともにインパクトが大きいという総合的に強大な台風になります。また、この表で同じセルに分類される台風は、大雨と強風のインパクトが類似しているという意味で、類似した特徴をもつ台風であるとも言えるでしょう。

総合インパクト指数

次に台風の総合的な影響を表現するための指数を考えます。上では台風による大雨と強風という2つの側面を指数化しました。この2つの指数を何らかの基準に基づいて組み合わせます。その方法として、例えば被害額を目的変数とする重回帰分析などによる総合指数の算出といった方法が考えられるでしょう。しかしここではごく単純に、2つの指数の合計を総合インパクト指数とします。

なお、台風による影響として決して無視できないものに「高潮」がありますが、この影響は指数には含まれていないことに注意して下さい。これは、気象現象の範囲では、主に中心気圧と強風インパクト指数などに依存します。

なお、アメダス観測は1976年から開始されたため、1975年以前の台風については指数が計算できません。あくまで想像ですが、「昭和の三大台風」とよばれる室戸台風や枕崎台風、伊勢湾台風などは、1976年以降の台風よりもさらにインパクト指数の大きな台風であったと考えられます。

2. 台風強度指数との比較

中心気圧最大風速など台風自体の強さを表わす数値を、ここでは台風強度指数と呼びます。台風インパクト指数は台風強度指数とどのように異なるのでしょうか。

台風インパクト指数は台風強度だけではなく、その他の要因も含めた指数となっているのが最大の違いです。例えば大雨インパクト指数には、台風本体の雲の要因ばかりではく、梅雨前線や秋雨前線の活発さなど、もともと雨が降りやすい状況が日本に生まれていたかどうかという要因が大きく影響しています。また強風インパクト指数についても、台風進路と日本との位置関係、台風の進行速度などが、強風インパクト指数に大きく影響してきます。一般的に強風インパクト指数が最大となるのは、日本海を高速に進行する強い台風ですが、これには台風自体の強度だけではなく、台風の速度(速い)と経路(日本海)というその他の要因が、強風インパクト指数の増大に寄与していると言えるでしょう。

つまり台風自体の強度だけではなく、その周囲の気象状況なども含めた影響の大きさを計算したものが、台風インパクト指数です。

台風災害の規模に大きく影響してくるのは、台風自体の強度よりもむしろこのようなインパクトの大きさです。たとえ弱い台風でも、周囲の状況によってはインパクトは非常に大きくなりえます。そのような台風の危険性を捉えるために、このような指数をより精密にかつ多様に比較していくことが課題であると思います。