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このページでは、2006年度第4回NII市民講座台風情報 〜 情報技術によって変わるメディアの伝え方とは(9月13日開催)に関する講演資料と質疑応答をまとめます。なお質疑応答で述べている意見は私の個人的な見解ですので、その点はご了承願います(2006年9月22日公開)。

質疑応答

1. 「デジタル台風」について

質問1:

台風の画像は水平的に表現されていますが、垂直的に縦割りで表現することはできないのでしょうか。

回答1:

気象衛星「ひまわり」は台風を真上から見下ろしますので、垂直方向のデータを取得することは困難です。垂直方向のデータを取得するには、TRMMなどのマイクロ波衛星を使うことになります。

質問2:

デジタル画像で台風の比較はどのようにおこなうのでしょうか。

回答2:

デジタル台風で用いている台風画像は、台風の中心で位置を合わせ、大きさも一定になるように調整していますので、画像の左上から右下まで、画素(画像の最小単位)ごとに値を比較していくことで、二つの画像を比較して距離(どれくらい似ていないか)を計算することができます。各画素には温度の値が入っていますので、具体的には雲表面や海(陸)表面の温度の分布を比較していることになります。原理的にはこのような単純な方法で比較が可能ですが、実際には主成分分析という方法を使って、重要な成分のみを比較するようにしています。

質問3:

過去のデータを検索できるということですが、台風には習慣性とかあるのですか(過去に似たものがあれば、似た進路をとるというようなことが、学問的に証明されているのですか)。単に、似たものがあったということに止まるのでしょうか。

回答3:

まず気象予測の歴史を振り返れば、最初は観天望気などと言って、毎日空を眺めて観察し、そこから得られた経験を元に将来の天気を予測していました。天気に関することわざなどは世界各地で多数知られていますが、これらはいずれも「過去にも似たような状況があったな」などと思い出しながら、将来を予測しようという方法です。

現在は学問の発達のおかげで、「現在が似ている」から「将来も似てくる」とは言えないことが証明されました(カオス理論)。しかし、似ている現象を探すことが全く意味がないかと言えば、「似ている」ことは人間にとっては理解しやすいですし、期間によっては似ていることに意味がある場合もあるような気がします。

なお個々の台風には習慣性はないと思います。が、2004年には日本に台風が10個上陸したように、1年という期間では同じような場所を連続して通る傾向があるかもしれません。また、エルニーニョとラニーニャの期間では台風の経路が違うなど、台風の動きは地球規模の大気の大きな流れに影響されますので、一定の期間だけに着目すれば台風の進路がある傾向を示すことはありうると思います。

質問4:

気温については、平均気温より何度高い/低いといった情報が提供されていますが、台風についても同月の過去5年の発生台風との比較を、例えば進路や雨量等を参考情報として提供することも可能ですか。

回答4:

例えばデジタル台風のトップページでは、その日までの発生個数を平年と比べており、このような方法は今年の台風が「多い」のか「少ない」のかを客観的につかむのに有効であると思います。ある台風が強いのか大きいのかも、同様に過去の台風と比較することで、より客観的に示すことができるように思います。逆に、そうした客観的な比較なしに「最大級」や「巨大台風」などという言葉を安易に使うのは、正確さに欠ける表現なのではないかと個人的には考えています。

ただし台風の場合、比較対象に何を選ぶかが難しいところですね。何と何を比較すれば意味のある比較になるのかが問題です。例えば東京と札幌の気温を比較して「札幌の方が低い」などと言っても、当たり前すぎてあまり意味がないように、状況を考えずに機械的に比較対象を選んでも意味のある比較をすることは難しいと思います。私はデジタル台風を「比較」をベースに発展させていきたいですし、それは有効な方法論だとも考えていますが、何を比較対象に選ぶかという点については常に注意すべきだと思っています。

質問5:

シーズン前に今年の台風傾向を知ることができるのですか。

回答5:

通常の天気予報と同じ方法で予測することは現在もできないのですが、統計的な方法というものを用いて個数や活動を予測する試みはおこなわれています。例えば大西洋のハリケーンに関しては、コロラド州立大学がシーズン前に年間の予測をし、その結果についても評価しています。

質問6:

英文で台風名「SHANSHAN」を検索すると、確かに英語版新聞記事は出てきますが、各国現地語の新聞で名前を使っているのか、番号を使っているのか、わかる方法はありませんか。

回答6:

確かに英語版新聞と現地語版新聞では、台風名の使い方が異なる可能性は大いにありますね。Google News日本語版では台風「SHANSHAN」を見かけることはありませんが、Google News英語版で検索してみると、The Japan Timesなどはしっかりと「Typhoon Shanshan」などと書いてますね。その点「Mainichi Daily News」では日本らしく「Typhoon No.13」ですが。。

他の国ではどうなのか、以下は不確かな情報です。間違いがありましたら情報をお寄せください。

日本 番号のみ
フィリピン フィリピン国内のみで通用する独自の名前
中国 番号から名前に移行中?台風に名前をつけようキャンペーンも実施中。
韓国 番号が主で名前も併用?
台湾 番号と名前を併用?
ベトナム ベトナム周辺のみで数える(?)独自の番号と名前を併用
米国 名前のみ

2. 「台風前線」について

質問7:

現地の人から情報を集めるのは、具体的にどのように検索して集めていくのか教えて下さい。

回答7:

台風前線では、情報を検索して集めているのではなく、参加者の方々からトラックバックという通知を受けて情報を集めています。つまりこのシステムは、人々が積極的に何もしなくても勝手に情報を集めてくれるという、例えば(ブログ)検索エンジンのようなものではなく、人々が積極的に一手間をかけないと情報が集まらないという仕組みになっています。

これはシステムの長所でもあり短所でもあります。長所としては一手間をかけることにより、参加する意思のある人の情報のみが集まるようになり、無制限に雑多な情報が集まってくることを防ぐことができます。一方で、知名度の低さや参加の面倒くささが障害となって、情報の集まりは少なくもなります。こうした短所をどう乗り越えていくかが今後のポイントです。

質問8:

一般の人が台風情報を正確に役立つように記述するには、何をどう伝えたら良いのでしょうか。

回答8:

これには二つの方法があります。定型的フォーマットにしたがって情報を記述する方法、もう一つは自由記述方式で目についたことを記述する方法です。

定型的フォーマットとしては、政府や自治体がまとめる災害情報のようなもの、さらには一般の人が参加するものとしては最近おこなわれたネット防災訓練2006のように、地域や被害状況などを項目ごとにまとめて簡潔に記述することを求める場合が多くなっています。この方式では、情報が形式化されているために情報を集約しやすくなるという利点はありますが、記入項目が多くなると未記入項目も多くなって作業が面倒になる点や、項目にない情報は記述されにくくなる点が欠点として考えられます。

一方で自由記述方式では、形式にとらわれずに自分が気付いたことを記述することになりますので、決まりきった情報は集約しにくくなりますが、記述したいことだけを自由に記述できるので参加への敷居は低くなり、また多様な情報が記述されやすくなるという利点が考えらえます。

台風前線は後者の考え方に基づいています。したがって、台風情報を正確に記述するというよりは、むしろ自分にとって重要であると感じたことをできるだけ具体的に、冷静に、公平に記述する、ということが大事であると考えています。

質問9:

台風前線のような方法を積み重ねれば精度も上がりそうな気もするが、個々の情報に雑音が入っている場合にどう調整するのか。大数の法則で大丈夫なのだろうか。サプライズ情報で全体を乱してしまう不心得な人もいるのではないか。排除できるのだろうか。

回答9:

「大数の法則」、つまり多数のデータを集めることによって雑音どうしが打ち消しあってより正確な値に近付いていくような効果があるのか、これはなかなか答えにくい質問です。というのも、そもそも数字を報告しているわけではないので、何が雑音で何が打ち消しあうのか、という対象が定かでないからです。その後の不心得者への心配もあわせて考えれば、むしろ外れた情報に全体が引っ張られることはないのか、という観点から考えたほうがよいのかもしれません。

まず「不心得者」というのを、「ニセ情報」をトラックバックする参加者と定義しましょう。台風への眼では内容をチェックしておりませんので、そうしたものを排除する仕組みはなく、彼らはそうした情報を投稿することが可能です。では、そうした情報がいくつかあったとして、「全体」に影響を与えることはあるのでしょうか。

そうした情報は全体の中の一部分の情報でしかありませんので、怪しければ無視すればよいということになります。また、全体に無理に影響を与えるために、数で勝負しようと大量のトラックバックを送信してくれば、かえって怪しい情報として目立ってしまいます。さらに台風前線では地図上に情報が表示されますので、この上で目立つためにはいろいろな地点に関するもっともらしい情報を大量に送信しなければなりません。これを怪しまれずに成し遂げることは、かなり大変ではないでしょうか。

つまり、台風への眼および台風前線では、ニセ情報を完全に排除することはできませんが、それが全体に悪影響を与える可能性はそれほど高くはないだろう、というのが私の予想です。

むしろ懸念されるのは、台風への眼あるいは台風前線でニセ情報を得た人々が、「自分のブログ」にそれを転載してしまうことです。この場合には、ブログどうしで連鎖的な引用(チェーン化)が加速し、ネット全体に拡散してしまう可能性があります。これは、ネットという空間では現象の全体像が見えず、自分の周囲という局所的な状況で情報を判断してしまうことが大きな原因です。こうした連鎖的な反応は、すでに過去の災害時にも発生しています。こうしたニセ情報の流布を防ぐためには、全体像が一望できるような情報の集約所が必要なのではないでしょうか。つまり「台風前線」のような情報の集約所が広く人々の目に触れるような状態で存在していれば、ニセ情報の完全な排除は難しいにしろ、少なくともその無秩序な拡大の防御には効果があるのではないか、というのが私の期待です。

質問10:

台風前線の参加型メディアという視点は良いと思うが、参加者の質、即ち、データの品質に問題はないのか。良質な情報が、低レベルの情報に埋もれてしまう心配がある。

回答10:

ご質問には直接お答えするのではなく、少し論点を変えて「質やレベルという言葉をどう定義すればよいのか」という問題を考えたほうがよいかもしれません。すなわち現地情報において、良質とは何か、低レベルとは何か、という問題です。私の基本的な考え方は、こうした定義は拙速に決めるべきではない、むしろある程度は実地に試しながら決めていくべきだ、というものです。

ここで強調しておかなければならないのは、人によって重要な情報は異なるということです。つまり「重要」な情報とは何か、をあらかじめ定義することはできず、それはむしろ利用者によって決まるというのが私の考えです。例えば「デジタル台風」でも、利用者にとって個人的に重要な台風はさまざまに異なるということがわかっています。例えば自分が生まれた日の台風を検索できて喜んでいるケースなども多々あり、こうなるとどの台風が重要な台風なのかを事前に予測することは不可能となります。こうした経験を踏まえると、あらかじめ「質」の定義を決め、その基準を満たした情報だけを集めるというやり方は、かえって豊かな情報源への可能性を狭めるだけになると感じます。

また、情報の入口で規制するのではなく、情報の出口において利用者ごとに適切な情報が見られるように工夫する、というのが今後の情報システムの重要な役割になると考えており、そこが「台風前線」の目指すところでもあります。こうした目標を達成するには、やはり「どのような情報が人々にどのように役立つのか」について、まずは具体的な経験を増やしていくことが重要だと思っています。

3. ウェブサイトについて

質問11:

デジタル台風のページはすべて御本人がメンテナンスされているのですか?それともスタッフメンバーがいらっしゃるのですか?

回答11:

本人がすべてメンテナンスしています。予算獲得から機器購入、OSインストール、コンセプト決定、プログラム開発、ウェブデザイン、文章執筆などなど、本当に大変です(苦笑)。ただし、台風前線およびデジタル台風キッズのみは外部の方にお願いして作成していただきました。

質問12:

デジタル台風で扱うデータの総量はどれくらいですか?

回答12:

ウェブサイトで公開しているデータはおおよそ1.5テラバイトです。その他に、生データおよび処理済みデータが5テラバイトほどあります。

質問13:

最近のデータ処理で1番大量のデータを扱っているものは何ですか。数値天気予報?地球シミュレータ?デジタル台風?

回答13:

デジタル台風は過去の観測データをまとめたものですので、無限にデータが増えるものでもなく、データの量としては高が知れています。それよりも、気候予測のようにシミュレーションでいくらでも細かく長期にわたってデータを生み出せるようなシステムの方が、ずっとデータ量は大きくなります。例えば、地球シミュレータを利用した気候予測などの方が、はるかに大きなデータを扱っています。

4. その他

質問14:

気象情報は公共財(公的、無料)か経済財(民間、有料)かという論争は以前からありますが、台風情報の民営化、有料サービスという議論はあるのでしょうか。

回答14:

台風情報は現在のところ、気象庁が一元管理しています。具体的には民間気象会社の業務内容には台風予報という項目を含めないことで、民間気象会社が業務として独自の台風情報を公表することを困難にしています。これには、防災上非常に重要な台風に関して、信頼性の低い情報が乱発されて混乱することを防ぐという目的があります。

この基本原則が近い将来に変わるとは考えにくいので、今後も公的かつ無料の台風情報は続いていくと考えられます。ただし、精度のよい台風予測によって、損害を減らしたり利益を増したりすることが可能な、農業や漁業、金融や保険などの業種に対しては、個別に有料の情報が提供されることと思います。

またインターネットの発達により、すでに国境を越えた台風情報の入手も可能となりつつありますので、インターネットの上では「混乱を防ぐ」という名目も次第に実効的な意味を失っていく可能性があります。そうなった場合は、複数の情報を比較して正しい情報を取捨選択するという、利用者側のリテラシーが不可欠になってくるはずで、逆にそうしたリテラシーの問題をよく考慮した上で、いろいろな機関が注意深く台風情報を出していくような状況も将来的にはあり得ることかなとも考えています。

質問15:

昔からなじんでいる「台風情報」ですが、本当に知りたい情報は?という視点で見てみると、あまり一致していない(出し手と受け手)感じがしました。そこで「台風コンテンツ」という観点で研究をしていますか?「過去を知る」以外に何かありますか?

回答15:

台風コンテンツというのは、これまでほとんど予測情報であったように思います。これは確かに重要ですが、それだけではなく現在と過去も重要であろうというのが今回の講座で強調したことです。デジタル台風台風前線で取り組んでいる仕事に加えて、これをさらに発展させた「台風コンテンツ」への展開もいくつか頭の中にはあります。こうしたものが将来的には実現するかもしれませんが、それが何かはその時までのお楽しみに。

質問16:

上陸だけが注目されるといった例のように、中心位置にこだわる報道が多いように思う。この原因は、気象庁の発表のしかたのせいか、TVなどの報道のせいか、人々の関心のせいか。

回答16:

台風による被害は必ずしも中心が上陸したかどうかに関係ないのに、どうして中心が上陸すると大きなニュースになるのか。こうした疑問をお持ちの方は多いと思います。例えば、台風がぎりぎりで上陸した場合と、陸地をかすめるように沖合いを通過した場合とで、実質的な影響はあまり違わないでしょう。さらに言えば、沖縄などの島々には台風は決して上陸しない(通過扱いにしかならない)という問題もあって、上陸だけが特別扱いを受ける理由がさらにナゾとなります。

これには複合的な要因があると思います。まず気象庁は台風の上陸数という統計をとっているために、過去の記録との連続性から台風が上陸したかどうかは重要な記録となります。また報道にとっては、上陸という言葉は台風の現在位置を示すのに最もわかりやすいイベントですので、便利な言葉として使ってしまう。人々の関心としては、それほど上陸自体には関心が高くないように思えますが(むしろ自分のところの天気がどうなるかの方が大事?)、やはり上陸というのはわかりやすい。

ということで、上陸を強調する風潮はなくならないと思いますが、上陸したかしないかで扱いに差をつけ過ぎるのはよくないと思います。根本的には上陸しようがしまいが、影響が大きな台風は大きく報道すべきなのではないかと思います。

質問17:

気象庁や日本気象協会等、専門機関との共同研究等は行っていますか?

回答17:

現在はおこなっていませんが、よい共同研究テーマがあれば、ぜひ共同研究を始めたいと思っています。よろしくお願いします。

質問18:

台風のように、一つの事象を中心に情報学の研究をされていますが、台風の次に注目されている自然現象や事象はありますでしょうか。例えば、地震や火山活動、道路管理情報など、興味を持たれている現象をお答えください。

回答18:

台風も地震や火山と同じく災害情報の一種ではあるのですが、台風と地震・火山はかなり情報の性質が異なりますので、同じシステムや方法論で扱うのはやや無理があります。そうした事情もあり、このシステムを災害情報全般を包括するものに拡大していくことは今のところ考えていません。むしろ、地球という巨大なシステムの中で発生する一つの現象である台風、という視点でデータベースを発展させていきたいと思っています。

質問19:

ハリケーン情報について、データを蓄積させる予定はないですか?

回答19:

ハリケーンについても、データさえ入手できれば同様の方法でデータベース化していくことは可能だと思いますが、データの入手がネックとなっています。また、米国でもハリケーンデータベースを作っている人がいますので、そうした人とうまく連携できれば面白いものができるでしょう。最終的には「全世界熱帯低気圧データベース」なんてものを作ればいいなぁと夢想しています。

クイズへの回答

問題:以下の画像をよく見て、台風の勢力が強い(中心気圧が低い)順に並べなさい。

1 2 3
4 5 6

回答:

1 中心気圧945hPa。中心付近の雲が白くなっていることから非常に高い雲にまで発達しており、また中心付近に巻き込んでいく渦巻状の雲にも勢いがあります。
2 中心気圧960hPa。眼は見えているのですがあまり丸くはなく、よく見ると三角形のようになっています。眼の境界もぼやけており、それほど明瞭ではありません。
3 中心気圧935hPa。大きな眼が丸くはっきりと見えており、眼の境界もくっきりとしています。これは中心付近の風速がかなり強いことを示しています。
4 中心気圧975hPa。中心の雲は白く発達していますが、眼が生まれるほど風速は強くないという状態です。
5 中心気圧994hPa。全体的に雲は渦巻状の形をしており、周囲の空気が徐々に中心へ向って吹き込み始めているようですが、中心付近の雲はバラバラであまり発達もしていません。
6 中心気圧920hPa。一見すると普通の雲の塊なのですが、よく見ると中心付近に非常に小さな眼が見えています。このようなピンホール状の眼は最も強い台風にのみ見られるものです。眼が大きな台風よりも眼が小さな台風の方が、勢力としては強い台風となります。

したがって、正解は、6→3→1→2→4→5でした。皆様、いかがでしたでしょうか。