| ||||||||
| ||||||||
|
クラウドソーシングは、人々の力を集めることで大きなタスクを達成する仕組みを考案するものである。我々は特に、参加者がデジタル・リソース(データ)の改善・増大等に貢献する方法をモデル化することに関心がある。
クラウドソーシングという言葉が何を指すかは人によって異なるが、ここでは少し視点を広げて、人間による貢献を活用して情報を改善する方法を考えてみる。多様な方法を個別に見ていくだけでは全体像が掴みづらいため、ここでは協力者⇔大衆、明示的⇔暗黙的という2軸を導入し、4象限を使って類型を整理してみよう。
4種類の類型には以下の特徴がある。
共有型 |
|
|
---|---|---|
注文型 |
|
|
体験型 |
|
|
観測型 |
|
最も狭義のクラウドソーシングは注文型である。一方、共有型や体験型については、「ソーシング」という語感とはやや異なる種類の活動であるが、運営者が参加者に影響を与えているという意味では、広義のクラウドソーシングに含めてよいだろう。最後に観測型をクラウドソーシングに含めてよいかはやや疑問が残るところである。ただし人々の知恵を収集、分析するシステムとしては有用であり、ソーシャルシステムとして考えることには意味がある。すなわち、ソーシャルシステム=クラウドソーシングとするのはやや大雑把すぎる分類であり、「ソーシング」という以上は運営者が参加者に対して何らかの影響を与えるシステムに限定すべきであろう。それによって、クラウドソーシングにおけるインセンティブやモチベーションの問題に焦点を合わせることに意味が出てくるのである。
狭義のクラウドソーシング(注文型)は、注文者と作業者とが明確に分かれており、注文者が望む結果を得るかわりに作業者は金銭を得るという交換関係が成り立っている。このような交換関係は、外部からセンシングするだけの「観測型」を除けば多かれ少なかれ成り立っているが、その具体的な中身は大きく異なる。例えば体験型では、注文者は行動の楽しさを与え、それに対して作業者は行動の結果を渡す。したがって、行動の労力を上回る楽しさがあれば、必ずしも金銭が駆動する活動である必要はない。一方共有型では、集団が力を合わせて目的を達成する場に参加することにやりがいを感じるという、一種のお祭のような場を実現する必要がある。ゆえに場のまとめ役は必要だとしても、注文者と作業者が明確に分かれているわけではなく、場に参加する喜びと場への参加に伴う労力とが交換されていると考えられるだろう。
こうした見方に対して、似たような言葉に市民科学(Citizen Science)がある。これは市民が科学のプロセスに参加することで、市民と科学の両方に利点があるような活動を目指すものである。両方に利点があるとはどういうことか。
まず科学の側としては、科学者だけでは実行できない作業に対する「助手」として協力してもらうことに期待がある。例えば、多くの地点で生きものを調べたり、たくさんの資料をデジタルデータ化したり、科学者だけでは難しいデータ化作業を手伝ってもらい、その結果を研究に使えれば助かる。さらに天体観測などの例では、画像からパターンを発見するというコンピュータには苦手な処理を市民が代わりに行うことで、すべての画像を見ることができない科学者の実質的な助手として、論文著者に名前を連ねるほどの本格的な研究活動に参加している例もある。このように、研究活動の助手としての市民への期待は大きい。
ただし助手の役割を期待するだけなら、科学分野におけるクラウドソーシングの適用例というに過ぎない。市民科学という言葉の射程はそれよりも広い。市民を巻き込むことによって科学の世界を広げ、科学のあり方そのものを見直すことも狙っているのである。
第一に市民が科学に参加することは、科学の理解を深めるためのコミュニケーション活動の一環として捉えることができる。そして参加を通して知識を深めることを通じて、社会における科学的な意思決定に市民自身が参加できるようになれば、よりよい社会の実現にもつながることとなる。
第二に市民の目を科学に入れることによって、科学研究のあり方自体を変えることができる可能性がある。科学に閉じた研究ではなく、社会に開かれた問題設定と解決策を探究し、市民との協働によって新しい可能性を開いていく研究を実現するというものである。このような研究は超学際的(trans-disciplinary)な研究と呼ばれ、科学の中での異分野を指す学際的(multi-disciplinary)よりも広い意味を持つ。こうした問題意識の下では、市民はもはや作業者ではなく協力者である。さらにこうした開かれた科学を総称する言葉としてオープンサイエンスが用いられるようになってきた。
このように科学におけるクラウドソーシングとは、2つの異なる種類の活動を合わせたものである。第一が一般的な意味でのクラウドソーシングを科学分野に適用したものである。品質管理などに特殊な要件が入る場合もあるが、仕組みとしては一般的なクラウドソーシングと大きく違うものではなく、注文型の枠組みに当てはまるものである。第二が市民科学の意味を含むものである。この場合は、単なる注文型の枠組みを越え、参加の楽しさをや知識の獲得を狙う体験型の要素や、科学の力を使って一緒に社会を改善する集約型の要素が入ってくる。そして、市民を協力者として扱い、教育あるいは学習の側面をどこかに入れること、それが市民科学と呼ばれるにふさわしい活動と言えるのではないかと考えている。
気象データを対象とした市民科学の例を、現在のデータが対象の場合と過去のデータが対象の場合とを分けて紹介してみよう。
まず現在のデータを対象とする場合、多地点のリアルタイム観測が基本的なタスクとなる。例えば、ウェザーニューズが展開するウェザーリポーターは各地の気象状況や季節変化などをモバイル端末からリポートし、それによって各地の状況がリアルタイムで把握できるようになる。また災害が発生したら通報するというタイプの活動も、イベント駆動のタスクであると言える。
次に過去のデータを対象とする場合、古い資料のデジタルデータ化が基本的なタスクとなる。例えばクラウドソーシングで著名なZooniverseには、気象関係のプロジェクトが2つある。その1つがOld Weatherプロジェクトであり、これは古い航海日誌の気象観測記録を読み取ってデータベース化することによって、過去の気候を再現することを目指す。またWeather Detective | Be an online citizen scientistも、やはり航海日誌からのデータの翻刻を目指すものである。こうした過去データは記録の信頼性などに大きな問題を抱えているが、他の記録が乏しい状況では、やはりこれらの発掘と活用が科学の発展に重要な役割を果たすものであると言える。
過去のデータについて実はもう一つのタスクがある。それは人間の認知能力を活用したデータの再解析であり、これがZooniverseのもう一つのプロジェクトであるCyclone Centerである。これは台風の勢力を画像から推定するという難しい問題に対して、人間の優れたパターン認識能力を活用するためのプロジェクトである。台風の勢力推定になぜ人間の認知能力が必要かは、ドボラック法のページを見てほしい。これを市民がやったらどうなるか、そこが課題である。このプロジェクトでは、もちろんデータの収集が主な目的ではあるが、作業への参加を通して台風への警戒能力を高めるという副次的な効果も狙っているだろう。それこそが市民科学の価値だからである。
|