1. はじめに
デジタル台風プロジェクトは1999年4月22日に生まれ、2009年4月22日に10歳の誕生日を迎えました。本ページでは、プロジェクトの最初の10年間のあゆみをまとめてみます。プロジェクトの「誕生日」として特定の1日を選ぶのは難しいのですが、ここでは「デジタル台風」につながるアイデアが記録に残っている最も古い日である1999年4月22日を誕生日に選びました。まずはその日の前後の状況からまとめてみたいと思います。
なお、本ページは「デジタル台風」プロジェクトの概要や目的をまとめたものではありません。プロジェクトについては決定版といえる資料はありませんが、概要についてはヘルプで紹介されているリンク先や台風のページなどをご覧ください。また参考文献にもいくつか、断片的にプロジェクトを解説したものがあります。
2. 背景
まず当時の状況を振り返ってみましょう。1999年4月といえば、私は大学院の博士課程を終え、文部省学術情報センター(2000年から現在の国立情報学研究所に組織変更)に勤務してから3年目の春でした。博士課程では類似画像検索を研究テーマにしていましたが、この当時もその延長となる画像内容検索の研究を続けていました。しかし、どうもパッとした結果が出ないまま、悶々とした日を過ごしていたのです。
その原因はいくつかありました。第一に、類似画像検索というのは問題の限定が難しいのです。ある限られた範囲を集中的に調べれば結果が出るというものではなく、あれもやってこれもやってというように、多くの作業をこなさなければ結果が出てきません。第二に、類似画像検索というのは目的とゴールがあまり明確ではないのです。もちろん人為的な基準を持ち込んで研究を評価することはできますが、それは現実的な問題の解決に直接的には結び付きません。実はこのような状況は、現在も10年前とそう違わないようにも思えますが。。。
3. ブレインストーミング
このように、既存の枠組みに行き詰まりを感じていた私は、所内でプロジェクトを提案して何人かの研究者の方に入ってもらい、ブレインストーミング的なミーティングで定期的にアイデアを話しながら、従来とは異なる枠組みの研究ができないかを考えていました。当時の電子ファイルを探してみると、1999年4月から5月にかけて、このミーティングを4回開いたことがわかります。
1999年4月8日のミーティングではリモートセンシングにおけるデータベースのサーベイをおこない、これらのデータベースの検索機能が伝統的なものにとどまっていて、画像の内容を反映した検索機能がないことを指摘しています。
続いて1999年4月15日のミーティングでは、今後の重要な研究ポイントとして、画像内容に基づく検索機能や、検索インタフェースの改良、画像転送技術、画像圧縮技術、ネットワーク環境での衛星画像データベースの研究テーマなどを列挙し、特に最後のトピックについてはメタサーチエンジンのようなシステムが必要ではないかと提案しています。
ただしここまでの議論の内容は、所詮は従来の研究の延長にとどまっており、それほど新しいアイデアは見られません。そのうえ「台風」という言葉は、まだ資料には1度も登場していません。私はこの時点では、まだ「デジタル台風」のアイデアには到達していなかったようです。
そして1999年4月22日のミーティング。ここでようやく「台風」という言葉が出現しました。それが1999年4月22日の打ち合わせ資料です。検索対象として興味深いデジタル情報を探しているうちに、「台風の中心位置」データが過去にさかのぼって入手できることに気付いたのです。それなら、中心位置にあわせて衛星画像を切り出せば、「台風の画像コレクション」が作れるのではないだろうか。。。こういう発想がひらめいたのが4月15日から4月22日のいつか、そこまでは残念ながらわかりませんので、4月22日が「デジタル台風」の事実上の原点であると言ってよいでしょう。
続いて1999年5月13日の打ち合わせ資料を読むと、前回はまだ明確ではなかった「台風の画像データベース」のイメージがかなり明確になり、いろいろな角度から検討が進んだことがわかります。誕生日から3週間ほどしか経過していませんが、この資料で提案している研究の骨組みは現在のものにかなり近いと言えます。したがって「デジタル台風」プロジェクトの基本方針は、最初の3週間でかなり固まっていたと言えるでしょう。
4. それから10年
それから10年が経過しました。現在から見ると、この最初のアイデアはどう評価できるでしょうか。以下に簡単にまとめてみたいと思います。
-
10年前の構想はその後も大きな変更なく続いていますので、当時からプロジェクトの行き先はよく見えていたようです。利用するデータの特徴やプロジェクトのポイントなどについても、おおむね適切に把握できていると思います。
-
一方で、たった3週間で計画した研究課題が、それから10年たってもまだ終わってないのか、、ということには愕然とさせられました。「光陰矢の如し」とか、「言うは易く行うは難し」とか、言い古された言葉が頭に浮かんできます。このペースでは、完結までに一体あと何年かかるのでしょうか。。。
ただしここで付け加えたいのは、この10年間は、当初計画「だけ」をやっていたわけではないということです。むしろ研究の進展に伴って他のテーマに時間を割くようになったため、当初に考えていたテーマを後回しにしたのも確かです。特に当初の計画ではよく見えていなかったのが、以下のようなテーマでしょう。
- リアルタイム性
-
「デジタル台風」プロジェクトが飛躍する第一のきっかけは、リアルタイムデータの提供にありました。過去のデータよりもリアルタイムデータの方が需要ははるかに大きいのですが、この当時はまだ、どちらかというと過去データの解析とマイニングに重点を置いていたような気がします。
- 異種データの統合
-
当初の計画では「気象衛星画像」を中心に考えており、アメダスやニュース記事などの異種データとの統合はそれほど考慮していませんでした。このような異種データは、入手可能性が見えた段階で初めて統合を考えるという面もありますが、当時は台風経路データさえ入手方法を知らないという無知な状態でしたので、これはやむを得ないところでしょう。
- 参加型メディアの展開
-
「デジタル台風」の第二の飛躍は、ブログなどの参加型メディアの興隆とともに訪れました。1999年4月22日の打ち合わせ資料でも、社会に役立つデータを提供することによりユーザからフィードバックを収集する、というところまでは想定していましたが、双方向的にユーザ生成データを統合したデータベースに発展させていくという方向性はまだ見えていませんでした。
実は私の脳内にある構想から見れば、現在の「デジタル台風」はまだ道半ばに過ぎません。さて、あとどのくらい続ければ、このプロジェクトは完成するのでしょうか。
5. 今後に向けて
プロジェクトというのは、区切り(終わり)のある仕事です。10年たってもプロジェクトが道半ばというのはなんだか気が遠くなりますけれども、そこで思い出すのがバルセロナにあるサグラダ・ファミリアです。
アントニオ・ガウディの設計(構想)によるこの建築は、1882年の着工から100年以上が経過した今も完成に至っておらず、このペースでは完成までに数百年かかるのではないかとも言われていました(現在は工事がスピードアップして完成予定が早まったようですが)。現在のサグラダ・ファミリアでは周囲のファサードの建築が進んでおり、既にいくつかのファサードや小さな塔はほぼ完成していますが、最終的にはすべての部分がつながり、中央にはひときわ高い「イエスの塔」が建って完成を迎える予定です。
本家と比べるのはおこがましいですが、私もたまに「デジタル台風」プロジェクトを「サグラダ・ファミリア」になぞらえてイメージすることがあります。現在のところは、いろいろな方向から人々を迎え入れるためのファサードの建築が進みつつあり、周囲を取り囲む小さな塔のいくつかもかなり完成してきたような段階でしょう。しかし、全部が一つの建築として融合する段階には至っておらず、工事中の部分もあちこちに残り(目立たないように「覆い」はかけてますが)、最終的な完成予想図もまだ明確には見えてきていません。
ただ、この先も地道に一つずつ石を積み上げていけば、いずれは一つのものとして形を表す時が来るでしょう。そして、すべてのファサードと、小さな塔に支えられたひときわ高いシンボリックな塔が真ん中に聳えたったとき、このプロジェクトは完成を迎えるでしょう。その「高い塔」とは何なのか。私の脳内にイメージはありますけれども、まだ具体的に言える段階ではありません。しかも建ったと思った瞬間に、ガラガラと崩れてしまうかもしれません(笑)。
それはともかく、開始当初は10年も続けるとは思わなかったプロジェクトですが、とにかく何事も時間がかかるものだな、ということは痛感しています。プロジェクトの20周年というのはさすがにないかもしれませんが(?)、全体の建築が完成するまで、もう少し頑張ってみようと思います。
6. 主要年表
- 1999年4月22日
-
現在の「デジタル台風」につながる構想が初出した。
- 1999年5月6日
-
それまで運営していた自前のウェブサイトを、ネットワークポリシー変更により閉鎖。これ以後2年半にわたってウェブサイト構築とは無縁の生活を送るが、その間も常に、ウェブサイトの復活に向けた構想は練っていた。
- 2000年7月4日
-
digital-typhoon.orgドメインを取得。この頃までにプロジェクト名「デジタル台風」は固まっていた。ちなみに「デジタル台風」という名前は、デジタルアースというコンセプトにならったもの。
- 2001年12月27日
-
自前のウェブサイトが復活。この時に、過去データのみを対象とした「デジタル台風」ウェブサイトも誕生したが、主な目的は「画像内容検索」研究のデモであり、デザインも今のものとは全く異なっていた。
- 2003年1月12日
-
「デジタル台風」ウェブサイトのデザインが現在の原型となった。この頃からリアルタイムデータの提供に力を入れるようになる。
- 2003年1月18日
-
ニュース・ウェブログが台風200301号からスタート。前年の12月から試験的に開始していたものをサイト内に位置づけした。
- 2003年5月20日
-
Yahoo!ニュースの台風関連記事の自動収集を開始。これが後になって台風ニュース・トピックスとなった。
- 2003年5月22日
-
「デジタル台風」の静止気象衛星データが「ひまわり5号」から「ゴーズ9号」に変更となった。
- 2003年7月22日
-
Yahoo!カテゴリに登録。この頃から、一般にもウェブサイトを広報する方向へと方針転換した。
- 2003年9月3日
-
台風情報RSSフィードの配信を開始。この頃から、HTML形式以外の情報配信方法についても頭の片隅に入れるようになる。
- 2004年2月11日
-
ケータイ版(携帯版)を開始。最初からケータイ版を作る計画はあったが、ここまでのびのびになっていた。
- 2004年5月3日
-
eye.tcドメインを取得し、「デジタル台風」と並ぶユーザ参加型のサイトは、「眼」をテーマにすることに決定。
- 2004年6月10日
-
台風への眼サイトオープン。これ以後、ユーザ参加型サイトをeye.tcドメイン下で展開することになる。
- 2004年7月28日
-
空の定点観測画像の連続撮影を開始。これ以後5年以上継続して、空を1分ごとに連続撮影してアーカイブ化し、地上と宇宙の視点の統合を狙った。
- 2004年8月10日
-
デジタル台風(たいふう)キッズがオープン。科学データを子供でも検索して楽しめるようにした。また同じ日に、トップページのページビュー数が100万を越え、秘かに目標としていた100万アクセスを越えた。
- 2004年10月20日
-
台風200423号が日本に上陸し、この年10個目の上陸台風(新記録)となった。日本全国で大きな被害が生じたこの台風も含めて、この秋は図らずも「デジタル台風」が多くのユーザの注目を集めるきっかけとなった。
- 2005年2月9日
-
アメダス統計がオープンし、過去のアメダスデータで台風を分析することができるようになった。
- 2005年2月25日
-
ブログMTSAT打ち上げを追う!をオープン。デジタル台風に不可欠な気象衛星「ひまわり」にまつわるニュースを以後フォローすることになる。
- 2005年5月24日
-
台風災害データベースがオープンし、災害データとの統合を進めるようになった。
- 2005年7月12日
-
iPod版がオープンし、クリックホイールというデバイスの特徴を活かした台風画像の楽しみかたを提案した。ただし現在のiPodではこの楽しみ方が難しいため、今後はiPhone用に考えていく必要がありそうである。
- 2005年8月11日
-
Google Earth版がオープン。これ以後、多くのデータをGoogle Earthに対応させることになった。Google Earthの登場は、地球環境データの公開方法に巨大なインパクトを与えたと思う。
- 2005年8月28日
-
気象予報士試験に合格(合格率4.1%)し、気象予報士として予報を出すことが可能となった。
- 2006年1月22日
-
気象災害データベースがオープン。これによって台風を災害状況で検索するなど、さらに多角的に検索することが可能となった。
- 2006年7月19日
-
「デジタル台風」の衛星画像の大幅なデータ増強(1981年〜1995年)と、新サイト台風前線を公開し、同時に報道発表を開催(ニュース)。この日は、「デジタル台風」が一段上のスケールに発展した日として、主要年表の中でも特に重要な日である。
- 2006年9月16日
-
「デジタル台風」のトップページのページビュー数が累計1000万越え。
- 2006年11月16日
-
ご意見・お問い合わせのページを開設し、ユーザからのフィードバックを受け取れるようにした。
- 2007年7月14日
-
アメダスデータがリアルタイム配信に対応できるようになったため、アメダスの大雨と強風をランキングするアメラスを公開し、現在の台風と現在の集中豪雨とを関連付けられるようになった。
- 2007年8月6日
-
アメダス集中豪雨を現在のサイトの形にリニューアルし、同時にアメダスイベント検出を公開することで、現在発生している大雨を自動的に検出してアラートを出せるようになった。
- 2007年9月1日
-
台風前線を「台風前線2」にリニューアル。これが現在のデザインである。
- 2007年9月7日
-
Google Mapsの活用の一環として、アメダス降水量ランキング(Google Maps版)を公開。
- 2007年12月4日
-
台風前線が第11回 文化庁メディア芸術祭 アート部門にて「審査委員会推薦作品」に選ばれた(ニュース)。「デジタル台風」のメディアアートへの展開はかなり初期から考えていたことでもあるし、「デジタル台風」が公に評価された初の機会でもあるので、主要年表の中でも特に感慨深い日である。
- 2008年4月12日
-
台風画像コレクションを1978年まで拡大し、ひとまず過去への遡及入力は完了。
- 2008年4月19日
-
Twitter版を開始。ミニブログ系サービスへも対象を広げた。
- 2008年4月24日
-
台風前線がアックゼロヨン・アワードを受賞(ニュース)。
- 2008年7月11日
-
台風画報を開始。このブログパーツによって、デジタル台風とブログとの連携が進んだ。
- 2008年11月17日
-
ニュース・ウェブログが、台風200821号をもって、台風のアジア名ちょうど一周分の記事執筆を達成。
- 2008年12月04日
-
アメダス豪雨事例クラスタリングを公開し、研究に直接的に役立つ処理データの提供にも取り組むようになった。
- 2009年3月20日
-
台風メモリーズを公開。「デジタル台風」がウェブ空間を飛び出してミュージアムにて体験できるようになった。
- 2009年4月9日
-
デジタルフォトフレーム版を公開し、伝統的なウェブブラウザとは異なるルートに情報配信を広げた。
- 2009年4月25日
-
10周年記念日から3日遅れで、本ページを公開。
その他の更新については、更新履歴も参照して下さい。またこれより以後は、デジタル台風:プロジェクト20年のあゆみをご覧下さい。
なお「デジタル台風」ウェブサイトのデザインは、1998年4月11日から5月24日に東京・渋谷Bunkamuraで開催された「モンドリアン展」を見て、彼の「コンポジション」シリーズに触発されて作ったものです。
7.
参考文献(全リスト)
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Asanobu KITAMOTO,
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(招待講演)
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Asanobu KITAMOTO,
"Enhancing the Quality of Typhoon Image Database Using NOAA AVHRR Data Received in Thailand",
Proceedings of the 7th International Workshop on Academic Information Networks and Systems (WAINS),
pp. 1-11, 2000年12月
(in English)
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概要
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Paper
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北本 朝展,
"台風雲パターンの衛星画像解析に基づく台風データベースの構築",
情報処理学会 第61回全国大会,
Vol. 2-3V-5, pp. 217-218, 2000年10月
[
概要
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Paper
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北本 朝展,
"台風雲パターンの衛星時系列画像を対象とした楕円形状分解手法",
電子情報通信学会 2000年ソサイエティ大会,
Vol. D-12-2, pp. 189, 2000年9月
[
概要
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Paper
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北本 朝展,
"「デジタル台風」 -- 人工知能的アプローチに基づく台風解析",
情報処理学会技術報告,
Vol. CVIM123-8, pp. 59-66, 2000年9月
[
概要
]
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Paper
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Asanobu KITAMOTO,
"The Development of Typhoon Image Database with Content-Based Search",
Proceedings of the 1st International Symposium on Advanced Informatics (AdInfo),
pp. 163-170, 2000年3月
(in English)
[
概要
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Paper
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