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台風の暴風域は実際には円形ではなく進行方向の右側で強く吹いたり、あるいは遠く離れたところが強風になったりするのに、なぜ気象庁の進路予報や実況では、分布ではなく、きれいな円形なのでしょうか?
暴風域や強風域に入ったからといって途端に風が強まるようなイメージで捉えられかねないような気がします。
暴風域がなぜ円形なのかというのは、これまでもたびたび寄せられた質問です。これまでのご意見・お問い合わせのリストから関係のありそうな質問を読んでいくと、欲しい情報が得られるかもしれませんが、ここでは改めて簡単にまとめてみたいと思います。
まず現実の台風に関しては、お尋ねのとおり、暴風域は円形ではありません。とはいえ、円形ではない方法で表現するのがよいかとなると、そこにはメリットとデメリットがあります。
まずメリットについて考えてみましょう。暴風域や強風域をより「正確な」形で表現できれば、その領域を小さくすることも可能になるでしょう。それによって、台風に警戒することが不要になる地域も増え、例えば学校が休校になる地域も減るかもしれません(これはむしろデメリットと考える人もいるかもしれませんが・・・)。つまり、現実と情報との一致性が高まるという点が、非円形で表現することのメリットと言えます。
一方のデメリットについては、コミュニケーションが難しくなるという問題が大きいと考えます。まず、「中心から○○キロメートル以内は暴風域」のように簡単なメッセージで表現できなくなるため、視覚情報が使えないラジオ等では伝達が難しくなります。またテレビやウェブでの伝達においても、拡大可能な地図を使わないと暴風域の正確な境界はわからないため、せっかく詳細化しても十分に活用できない恐れがあります。むしろ一般の人々にとっては、自分が住む地域が暴風域にいつごろ入る可能性があるかを時系列的に表現した情報の方が欲しいかもしれません。この種の情報は、気象庁から暴風域に入る確率としてすでに発表されていますが、これを使うのならば暴風域が円形かどうかはそれほど重要な問題ではなくなります。
そもそも暴風域とは、「暴風をいつ観測してもおかしくない地域」を示したものであり、その中に入れば必ず暴風を観測することを意味するわけではありません(参考:台風情報の種類と表現方法)。ゆえに、暴風を観測しなかったからといって「外れ」とは言えないのですが、暴風を観測しないと不快に感じる人が多いのはなぜかという問題については、以前に認知的不協和という概念を使って説明しました。こうした人間の感じ方も踏まえて、暴風域の意味を丁寧に説明していくことは重要な課題だと思います。
とはいえ、暴風域の形状に円を使うことには、台風の気圧分布が同心円状になることが多いという物理的な根拠も存在するため、円形は大雑把な近似として悪くないものだと考えます。また、進行方向の右側で強い風が吹くことは、暴風域の形状よりも別の手段で伝える方がよい情報ではないかとも考えます。逆に言えば、暴風域に円を使うことが適切ではなくなるのは、気圧分布が同心円状ではなくなった場合と言えます。このような変化が起こるのは、台風が陸地に接近して地形の影響が出る場合と、温帯低気圧化に伴って前線の影響が強まる場合の2つが代表的です。
前者については、陸上では海上よりも風速が弱いという問題、風速計の高さによって風速が異なる問題、風向と地形が風速に影響を与える問題(山地が風をさえぎる効果等)など、いくつもの要因が絡まる複雑な問題を解かねばならないため、少なくとも全国規模の台風情報にこうした情報を盛り込むことは難しいでしょう。したがって、ここで考えるべき問題は後者、すなわち台風の温帯低気圧化の効果をどのように情報に反映させるべきか、という問題に絞ることができます。
台風が温帯低気圧に変化するにつれて、暴風域や強風域の形状は複雑に変化して円ではなくなっていきます。その影響から台風の強風域が不自然に拡大してしまい、多くの地域で実態に合わない情報となってしまうこともあります。とはいえ、だから暴風域や強風域を変えるべき、と一概には言えません。むしろ、温帯低気圧化に関する情報の改善が必要、と考えることもできるからです。気象庁も温帯低気圧化に関する情報の改善に以前から取り組んではいますが、まだ改良の余地は大きいように思います。温帯低気圧という名前を使うと「台風よりも弱い」という誤解を招きがち、という問題は無視できませんが、この段階では暴風域や強風域という情報の価値が低下することも確かです。分布情報を使うなどして、情報の力点を台風から温帯低気圧へと早めに切り替えていくことも必要ではないかと思います。
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