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初めまして、いつもデジタル台風を利用させていただいています。以前から気になっていたことがあり質問させていただきました。
私は名古屋に住んでいますが、2006年に九州に上陸した台風13号は個人的に結構印象に残っている台風でした。発生当時から追跡していたので、気圧や風速、進路、当時の予想進路の情報など未だに記憶に残っています。ただ、気象庁が後に公開した年間の台風のデータを見て「あれ?」と思ったことがありました。
台風13号が南西諸島を通過した際、当時発表されていた最低気圧は確か925hPaだった気がします。ところが後の解析では「919hPa」となっていました。再解析で最低気圧が更新されることは分かりますが、この台風だけ中途半端な数値でとても疑問が湧きました。こちらのデータや他のサイト等を見ても919hPaとなっていて、間違いではなさそうですが……
現在では台風の中心気圧は990hPa以下なら5hPa刻みで、陸上で詳しい値が得られてもせいぜい2hPa刻み(最近では0610号WUKONGが九州に上陸後の980-990hPaの間が2hPa刻みだったと思います)のはずです。また、当時気象官署で記録された最低気圧も西表島の923.8hPaで、伊勢湾台風や室戸台風などのように地点の記録で決定されたようには見えません。
何故この台風には「919hPa」という値が得られたのでしょうか?もしご存じでしたら、教えてください。
ご質問ありがとうございます。そうなんですよね。私も同じ疑問を持っていました。なんで919hPaなどと中途半端な数字なのか。。
台風200613号の経路図を見ると、日本時間で2006年9月16日0時から2006年9月16日6時まで、中心気圧は919hPaとなっています。データベースを検索してみると、中心気圧919hPaというのは台風195104号と台風195111号で記録されているのみで、非常に稀な値であることがわかります。しかも1951年のデータを見ると中途半端な(?)値がたくさん出てきますので、これは現在と方式が違うことが原因と考えるべきでしょう。したがって台風200613号の「919hPa」は、実質的には史上初(?)の値とも考えられます。いったいなぜこうなったのでしょうか?
そこで台風200613号に関するリソースを見てみましょう。ここに出てくる気象庁のリンクをたどってみると、台風200613号に関する詳細なデータがあります。例えば気象官署での気圧、風速観測値を見ると、台風の接近に伴って石垣島では9月16日の6:18に最低気圧926.4hPa、西表島では9月16日の5:02に923.8hPaを記録していることがわかります。
次に台風経路と上記2つの観測所の位置関係を確かめてみましょう。これにはGoogle Earthを使うと便利です(インストールが必要です)。台風200613号のページの上部の「Google Earth」というリンクをクリックしてGoogle Earth上に台風経路を表示します。次に上記の観測所のページの右側にある「Google Earth KML」リンクをクリックして、観測所もGoogle Earth上に表示します。すると台風は西表島と石垣島の間を進んでおり、9月16日の5:00には西表島東岸に「上陸」(*1)したこともわかります。つまり台風は両観測所の間を通過したわけです。このことからわかるのは、台風の中心気圧は少なくとも西表島で観測した923.8hPa以下だということです。
Google Earthで計測してみると、西表島で最低気圧を観測した時刻の台風の位置は約19.4kmの距離、そして石垣島で最低気圧を観測した時刻の台風の位置は約18kmの距離であることがわかります。この距離でどのくらい気圧が下がるのかがわかれば、台風の中心気圧を推定することができます。例えば1kmあたりの気圧低下量(気圧傾度)が推定できれば、それを18-19倍すれば台風の中心気圧を推定できることになります。
この方法で具体的にどのような計算になったのかはわかりませんが、想像するに920hPaではどうしても納得がいかない結果になったのでしょう。どう考えても920hPa以下にはなるという結果が出た。しかも今回のように40kmほどしか離れていない観測所のほぼ真中を通過するというのは、かなり中心気圧の推定がしやすい幸運なケースです。ですから気象庁も、より精密な数字としてあえて919hPaという中途半端な数字を出したのではないでしょうか。そもそも台風や低気圧、高気圧の気圧が2hPaや5hPaの刻みで表現されているのはそれ以上の精密さでは推定できないという理由によるもので、特に台風についてはドボラック法による推定精度の問題も関係してきます。しかし台風200613号のようなケースで、実測データも踏まえて通常の刻み以上の精密さで推定できる状況がもし生まれたならば、それをあえて「禁止する」ような規則はないのではないでしょうか。
最後に台風200610号は九州に上陸して観測所も周囲にたくさんあったはずなのに、なぜ1hPa刻みで中心気圧が記録されていないのか、という点を考えてみましょう。これには2つの理由が想像できます。第一に、台風200613号の919hPaは発生から消滅の間の一生の最低気圧として記録に残るという意味で重要性が高いのに対して、台風200610号の九州での記録にはそこまで高い重要性がありません。第二に、九州に上陸した台風200610号は衰弱の過程にあったのに加えて九州山岳地帯の影響を受けて、構造が複雑化して気圧の分布も複雑となり、中心位置とそこでの気圧を精密に決めることが難しくなっていた可能性があります。それに対して台風200613号の919hPaは猛烈な台風の最盛期の記録であることから、気圧の分布も比較的同心円に近かったと想定できます。以上2つの理由により、台風200613号の方が時間をかけて記録を詳細に検討する価値があり、しかも精密な値を出しやすい状況にあったのではないかと考えられます。
(*1) 気象庁の定義によると台風は沖縄には上陸しませんので、正確には西表島を「通過」したことになります。
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