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質問110: 気象庁台風情報(実況)とアメダス観測データとの食い違い

台風201408号の通過した九州中部の在住者ですが、気象庁の台風情報(実況)と、アメダス観測データとの間にかなりの違いがあることに気づきました。

再々上陸約4時間後の07月11日08時40分に気象庁が<11日08時の実況>では、「存在地域 銚子市付近 最大風速23m/s 最大瞬間風速35m/s 15m/s以上の強風域 南東側 600km 北西側 390km」となっていますが、銚子市アメダスの観測データは、10日1時~11日18時の毎正時で風速11m/s未満(11日の最大瞬間風速18.2m/s=01:23)です。千葉県内の他のアメダスでも同様でした。

過去の[質問52]で、予報精度と防災行政の問題が取り上げられましたが、住民の警戒を促すために進路予想や警報に多少の意図的な加工が加えられるのはやむをえないと私は考えています。

しかし、<実況>と称しつつ観測データからかけ離れた数値を発表するのは、気象庁の信用にもかかわる問題だと思います。

温帯低気圧化発表を遅らせる意図はある程度理解できますが、そのために数値を操作しているのでしょうか。だとしても、上記<実況>の発表時には、1時間後の<11日09時の推定>を、最大風速23m/s 最大瞬間風速35m/sとしながら、次の発表時の<09時の実況>では「温帯低気圧」としており、これはあまりにも唐突で不自然です。熊本市では台風が通過したという実感はほとんどなく、「鹿児島県阿久根市上陸の時点(10日07時前)ですでに温帯低気圧であったのではないか」という声も多く聞かれます(阿久根市および周辺のアメダスでは、10日1時~24時のすべてが、風速10m/s未満)。

気象庁に意見すべきことかもしれませんが、よろしければご見解をお聞かせいただければ幸いです。

KAKU-kun さん (2014-07-11)

ご質問はいわゆる「台風の温帯低気圧化発表の問題」に関するものですが、まずこれが何の問題であるかを説明しましょう。台風の一生のページでも簡単に説明していますが、熱帯低気圧が発達して台風になったあと、どこかの段階で台風は熱帯低気圧に戻るか、温帯低気圧に変わります。どの時点でそう変化したかは気象庁が発表することになっていますが、日本では台風か台風でないかで防災対策のレベルが変化するという習慣(?)があることから、防災対策を万全にしたいであろう気象庁には、台風が日本付近に存在する間は台風という状態を維持する動機が働くものと推測されます。そこから更に推測を進めると、気象庁は、本当は台風でなくなったものを台風と偽って呼んでいるのではないか、あるいは台風が消滅したことを真実(?)よりも遅く発表しているのではないかという疑惑(?)が生まれます。これをここでは「台風の温帯低気圧化発表問題」(台風の熱帯低気圧化発表問題も含みます)と呼ぶことにしましょう。

この問題は、気象情報に関心を持つ人々の間ではしばしば取り上げられる問題なのですが、いつも結論が出ずにうやむやになってしまう問題でもあり、そうなる原因はこの問題に白黒つけることは根本的に難しいという点にあります。どうして難しいのか、あるいは別の考え方はないのかという点について、以下では問題をいくつかの側面に切り分けて議論してみたいと思います。

第一に、科学的なデータに基づき、台風と温帯低気圧を客観的に区別する問題です。台風から温帯低気圧への変化は連続的に進行するため、どこかに人間による判断を入れないと、両者を区別することはできません。また、台風と温帯低気圧との区別は風速ではなく構造の変化を基準とするため、各地の風速の変化だけを見ていても区別はできません。台風から温帯低気圧に変わる過程で、風速が強まるケースさえあります。さらに、台風情報における最大風速とは、条件のよい場所ではこの位は吹くであろう風速を発表するものです(参考:JTWC等の台風警報について)。陸上では様々な障害物や地表面の摩擦があって弱風しか吹いていないとしても、海上では台風相当の強風が吹いていることは十分に想定できます。また風上に山などの大きな障害物が存在する風向では、局所的に風速が弱まる効果も考えなくてはなりません。以上の状況を考えると、風速の弱まりを基準として台風と温帯低気圧を区別することは、それほど簡単なことではないことがわかります。

第二に、台風情報形式の制約に関する問題です。台風情報では強風域や暴風域を円で表示しますが、実際の強風域や暴風域の形状は円ではありません。しかも温帯低気圧化が進めば進むほど、一般的に強風域や暴風域の形状は円ではなくなっていき、強風の領域が中心付近ではなく遠く離れた地域に出現することも多くなります。しかし、中心から最も遠い強風地域を基準に円を描くと、円内には弱風の領域もより多く含まれるようになり、だんだん実態とは離れていきます。この問題を解決する最も直観的な方法は、強風域や暴風域を任意の形状で表現するという方法ですが、形状を正確に描くことは決して簡単ではないという問題があります。そこでもう少し現実的な解決策として、分布情報を使うという方法が考えられるでしょう。例えば暴風域に入る確率(分布表示)解説)は、各地が暴風域に入る確率を面的に表現したものです。こうした図面を実時間で表示すれば、「暴風域に入っている確率」のような面的な情報を作成することも可能で、自分の場所が暴風域に含まれるのかをより正確に判定できるかもしれません。しかし、面的かつ確率的な情報は人々に馴染みがないため、理解しづらいという問題も生じるでしょう。

第三に、温帯低気圧化発表のタイミングが適切なのかという問題で、ここが今回のご質問の最大のポイントでもあります。気象庁の予報精度と防災行政でも紹介したように、気象庁が温帯低気圧化の発表を遅らせることにより、防災担当者が余分な仕事を強いられたり、一般の人々の日常生活に余分な制約が生じたりと、様々な副作用が生じる可能性があります。リスクに過剰に備えるのではなく、適切なリスク評価の下で社会の無駄を省きたいというのは、多くの人が感じるところでもあります。しかし、リスク評価では未来の不確実性を評価することも必要であり、そこまで含めて最適化するというのはかなりの難問です。しかも日本では、同じ低気圧を台風と呼ぶか台風でないと呼ぶかで、防災対策への真剣さが変わってきてしまうという問題があります。本来は大雨や強風といったハザードのリスクを適切に評価すべきなのですが、「台風」という名称に影響される風潮が強いという実情を考えれば、温帯低気圧化の発表が遅れ気味になる傾向がたとえあるとしても、それはやむを得ないかなというのが私の意見です。

さて、以上の議論を踏まえて、今回のご質問の対象である台風201408号のケースを具体的に検討してみましょう。

まず前提として、現在のデータはあくまで実況に基づくものであり、正式な記録ではないという点を確認しておきましょう。もし本格的な議論をするなら、正式な記録であるベストトラックの発表を待って検証する必要があります。実況はあくまで実況で、リアルタイムの完璧な分析というのはあり得ません。リアルタイムデータと再解析データとの役割をきちんと分け、再解析データとしてのベストトラックを客観的に作っていくことが、長期的には重要な課題となります(参考)。

その意味では、実況における発表タイミングの多少の前後は許容してもいいのではないか、というのが私の考えです。特に今回の台風のように、太平洋岸に沿って進んでいく経路を取る場合は、温帯低気圧化の発表タイミングを見極めるのも難しいでしょう。発表に適したタイミングを強いて選ぶなら、九州上陸直後、九州を抜けた後、関東を抜けた後、の3時点だったと思いますが、前2つのタイミングは台風としての勢力は保っていたとしても不思議でなく、太平洋岸を進んでいる段階では発表に切りのいいタイミングが見当たりません。関東上陸前に温帯低気圧化の発表をするのも非常にやりづらいですし、総合的に見れば関東東方沖に抜けた時点での発表というのが、最も切りのいいタイミングだと言わざるを得ません。もしこれは適切なタイミングではなかったとの判断があれば、ベストトラックを作る段階で修正すればいいと思います。

このように、温帯低気圧化発表問題を様々な側面から一通り検討してきましたが、ここで改めて考えてみましょう。我々が解決すべき問題は、本当に温帯低気圧化発表の問題なのでしょうか。逆に言えば、発表タイミングさえ最適化すれば、すべての問題は解決するのでしょうか。ここで少し異なる視点から問い直してみましょう。我々はどんな状況の時に、発表タイミングの問題を気にするのでしょうか。この問いに答えるために、一つの仮説を立ててみます。すなわち、我々がこの問題を気にする状況とは、事前に聞いていた情報と実況で感じた情報に落差が生じた場合である、という仮説です。質問者の「強い台風が来ると聞いていたのに、実際の天気は弱風だ、おかしい。」という状態は、まさに事前に聞いていた情報と実況で感じた情報との間に落差が生じた状況と言えます。

実は、このような落差を表すのにピッタリという社会心理学用語が存在します。「認知的不協和」という用語です。詳しくは認知的不協和 - Wikipediaなどを調べてみて下さい。人間は矛盾する認知を抱えると不快になるため、この不協和状態をなんとか低減しようと試みる傾向があります。台風情報についても、事前に得た情報(強い台風)と自分が得た情報(弱い台風)とが異なると認知的不協和の状態に陥りますが、これを低減するための方法として、以下では2つの方法を考えてみましょう。

一つは、実況の解釈を変える方法です。「実況の弱風状態は台風が温帯低気圧化したからである」と実況の解釈を変更することで、両者の矛盾を低減することができます。これが温帯低気圧化発表を早めるべきという主張の背景にある考え方で、これはこれで認知的不協和の解消方法としての意味はありますが、ここでもう一つの可能性にも目を向けてみましょう。つまり、事前情報の適正化という方法です。もし、今回の台風は弱い台風であると最初から予期していたなら、実況の弱風状態との間に認知的不協和自体が生じませんので、温帯低気圧化のタイミングが気になることもないでしょう。だから、事前情報の適正化という方法によっても、認知的不協和は解消できるはずなのです。そして私は、事前情報の適正化こそが真に検討すべき問題であり、今回の台風で事前情報がなぜここまで過大になったのか、という点こそ問題として取り上げる必要があると考えています。

そこで思い出すのが「最強クラス(最強級)」という言葉です。今回の台風では「沖縄付近で7月としては過去最強クラス」という言葉が一人歩きし、メディアでも盛んに取り上げられ、ひどい場合には「過去最強クラス」という言葉に短縮されて多くの人々に浸透していきました。ここで改めて取り上げたいのが、台風接近前のツイートにも書いたように、「7月としては最強」という表現は適切だったのかという疑問です。

例えば「7月としては最高気温」という表現があったとしましょう。7月はもともと暑いのに、そこだけ切り出すことに意味はあるでしょうか。もともと寒い2月なら、「2月としては最高気温」という表現にも、通常とは異なるという意味で高いニュース価値があるでしょう。しかし夏に暑いのは当り前のことですので、その一部だけを切り出した統計数字に大した価値はなく、むしろ年間を通した最高気温で考える方が適切でしょう。もちろん農業や観光など、季節に依存して対策が変わる分野もありますので、月を限定した統計情報を全否定するわけではありません。しかし、台風への防災対策は、月に関係ない対策がほとんどではないでしょうか。しかも7月はもともと台風シーズンなのですから、台風シーズンを通した最強クラスかどうかで考えれば済む話です。それを統計情報があるからという理由で、7月だけを切り出したことが、そもそも問題の発端であると私は考えます。こうした細分化は意図しない形でニュース価値を強調してしまう危険性がありますが、今回も必要以上に台風の脅威を強調する結果になってしまいました。

実際に「最強クラス」の台風に発達する可能性は、もちろん予測としてはゼロではなかったのでしょうが、実際の台風勢力は年にいくつか発生するクラスのレベルにとどまり、しかも経路が島を直撃しなかったため、沖縄に生じた被害は例年発生すると想定される程度の被害で済みました。確かに、台風による大雨については数十年に一度の雨量に達した場所もあり、各種の特別警報も出ました。この特別警報にまつわる問題は台風8号のブログでいずれまとめたいと思っていますが、こうした大雨の状況を考慮に入れても、「最強クラス」が過大とも言える表現であったことは否めません。最悪ケースを想定して強めの表現を使うこと自体は理解できるとしても(参考)、情報が「狼少年」化しないよう、どう抑制的にコントロールしていくかが今後の課題になるでしょう。

マスメディアもネットメディアも、「最強クラス」といった人々の意識に訴えかける強い言葉を好むため、気象庁としては特に強調するつもりがなかったとしても、意図しない形で情報が広まってしまう危険性を感じます。今回もニュース価値を高めるため、「7月としては最強クラス」という限定をうまくつけたつもりだったのかもしれませんが、この限定自体にあまり意味がないため省略され、それが事前情報として人々の記憶に残ることになり、結果として実況との落差を生み出してしまいました。これは適切な脅威の伝え方だったのか、改めて評価することを望みます。そして適正な情報を伝えることで、温帯低気圧化発表に関する議論も、自然に解消していってほしいと思います。

(注)この質問は、気象庁台風情報(実況)と各地点観測値との食い違い(再質問)に続きます。

北本 朝展 (2014-07-14)
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