2013年12月28日 21:00 JST
台風26号(WIPHA)で発生した豪雨のメカニズムについて、12月2日に気象研究所から、平成25年台風第26号にともなう伊豆大島の大雨の発生要因~局地前線の停滞と伊豆大島の地形による強化~が発表されました。これはなかなか面白いです。
大島豪雨の原因として、関東平野や房総半島からの冷気と、台風から流入する暖気とが大島付近でぶつかって、線状降水帯を生み出していたことは以前から指摘されていました。ただ同じ島内で4kmしか離れていない地点で2倍の降水量の差があるなど、細かい点に関する疑問を解消するにはシミュレーションの結果が有効です。その結果によると、伊豆大島の地形と地表面摩擦のため、雨粒が風に流されながら下に落ちていくとき、ある地域に雨粒がより集中するような現象が生じたというのです。これはあまり聞いたことがなかった現象ですが、考えてみれば雨粒が吹き寄せられる場所があってもおかしくなく、大島に限らず他の地点でも起こりうる現象ではないでしょうか。距離が近くても雨量が大きく異なる場合は、こういうメカニズムを考えるべきなのかもしれません。
2013年11月16日 08:00 JST
台風26号による大規模災害から1ヶ月。人的被害は死者39名(うち大島町35名)、行方不明者4名(すべて大島町)に達し、防災情報の問題点についても検証が始まっています。本サイトでも前編では「避難勧告・指示」の問題を議論しましたので、後編では「特別警報」の問題を議論したいと思います。ぜひ前編からお読み下さい。
さて今回の大島豪雨は、6時間豪雨の日本記録を達成するような記録的集中豪雨となったにもかかわらず、最高レベルの警報と宣伝されていた「特別警報」が発表されませんでした。これが特別警報の問題です。この点だけを考えれば、「最高レベルの豪雨なのに最高レベルの警報がなぜ出せないんだ?出せるように改善しろ!」という意見が出てくるのもうなずけます。しかし、それは本当の解決策になるのでしょうか?実を言うと、特別警報には複雑な成り立ちがあるので、上のような解決策は本当の解決策にならないのではないか、というのが私の考えです。そして、そのような考えに至る助けとなったのが、「筋が悪いシステム」という視点です(参照)。
筋が悪いシステムとは何でしょうか?ここではそれを「トレードオフ関係」、いわゆる「あちらを立てればこちらが立たず」という構造に注目して考えてみようと思います。こうした構造をもつシステムでは、ある基準のもとでシステムを改善すると別の基準のもとではシステムが悪化し、残された問題は元の問題よりもさらに複雑化する傾向があります。「なんだかどこかおかしい」と思いつつもその場しのぎの解決策を適用しても、問題は泥沼化するだけで一向に収束していきません。
このようなトレードオフ関係が生じる一つの原因は「問題設定の悪さ」です。本当に解くべき問題を見誤っている場合、あるいは本当の問題を意図的に隠している場合、いろいろなケースがあります。そして問題設定が悪いと、その場しのぎの解決策であれこれいじくっても根本的な問題解決にはつながらないため、そもそもの出発点に立ち戻って「本当は何がやりたかったのか」という点から問題設定を再考することが重要となります。このとき問題設定を改善する方法は主に2つあります。1つは個々の問題を分離して筋の良い問題に設定しなおすこと、もう1つは全部の問題を一気に解決する一石二鳥のアイデアを出すこと、です。
そこで出発点に立ち戻る前に、まず私の結論から先に述べておきましょう。それは以下のようなものです。
特別警報では、「顕著性」という第一基準と「確実性」という第二基準がトレードオフ関係になっているのに、それらが本来は両立しないことを重視しなかった点に問題の本質があるため、このトレードオフ関係を解消するには二つの基準を分離すべきである。
以下では、やや長文にはなりますが、この結論に至るまでの道筋を、出発点から順番に問題点を解きほぐしていき、そこから導ける解決策などもまとめてみたいと思います。
まず、特別警報とはそもそも何か、という点から確認しておきましょう。気象庁は特別警報について、以下のように説明しています。
気象庁はこれまで、大雨、地震、津波、高潮などにより重大な災害の起こるおそれがある時に、警報を発表して警戒を呼びかけていました。これに加え、今後は、この警報の発表基準をはるかに超える豪雨や大津波等が予想され、重大な災害の危険性が著しく高まっている場合、新たに「特別警報」を発表し、最大限の警戒を呼び掛けます。
特別警報が対象とする現象は、18,000人以上の死者・行方不明者を出した東日本大震災における大津波や、我が国の観測史上最高の潮位を記録し、5,000人以上の死者・行方不明者を出した「伊勢湾台風」の高潮、紀伊半島に甚大な被害をもたらし、100人近い死者・行方不明者を出した「平成23年台風第12号」の豪雨等が該当します。
特別警報が出た場合、お住まいの地域は数十年に一度しかないような非常に危険な状況にあります。周囲の状況や市町村から発表される避難指示・避難勧告などの情報に留意し、ただちに命を守るための行動をとってください。
特別警報は「警報をはるかに超える」状況で発表されるということは、これまでの警報ではレベルが足りないから、それよりもさらに顕著な気象現象に対応できるように「特別警報」という最高レベルの警報を導入した、というのが普通の理解でしょう。これが特別警報の第一基準(顕著性)です。そして特別警報の基準がこれだけならば、大島豪雨に対しては当然ながら「特別警報を出すべき」という結論になります。ところが、特別警報の基準は実はこれだけではないというところに、特別警報に特有のややこしさがあります。
実は特別警報にはもう一つの基準が関係してくるのです。それを確認するために、特別警報の根拠規定となる気象業務法を見てみましょう。特別警報が登場するのは第十五条の二ですが、法律の条文には大島豪雨で問題となった特別警報の基準(顕著性)に関する規定はなく、もう一つの側面である特別警報の伝達に関する規定だけがあります。
警報 |
特別警報 |
(略)通知を受けた(略)都道府県(略)の機関は、直ちにその通知された事項を関係市町村長に通知するように努めなければならない。 - 第十五条、第2項
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(略)通知を受けた都道府県の機関は、直ちにその通知された事項を関係市町村長に通知しなければならない。 - 第十五条の二、第2項
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(略)通知を受けた市町村長は、直ちにその通知された事項を公衆及び所在の官公署に周知させるように努めなければならない。 - 第十五条、第3項
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(略)通知を受けた市町村長は、直ちにその通知された事項を公衆及び所在の官公署に周知させる措置をとらなければならない。 - 第十五条の二、第4項
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両者を比較すると、警報では「努めなければならない」となっていた箇所が、特別警報では「しなければならない」となっています。「努めなければならない」の場合、対応しない理由があれば許されるかもしれませんが、「しなければならない」の場合、対応しないと法律違反となって罰せられてしまいます。条文の上では小さな違いに見えるかもしれませんが、実務上は両者の重みに大きな違いがあります。そしてこの違いは、特別警報の開始早々から各地に混乱を引き起こしました。例えば「住民の混乱を招く」特別警報を周知せず 京滋3市町、法律違反かでは、台風18号で発表された特別警報をきちんと周知しなかった自治体に対して、気象業務法違反の可能性もありとしています。もちろん現段階では、すぐに摘発が始まるような状況ではありませんが、これは自治体にとっては大きなプレッシャーです。
つまり、特別警報は警報の上位であるという言い方には、実は2つの側面があります。第一は現象の程度が上位であること、第二は自治体に対する強制力が上位であること。そして後者の方はあまり表に出てきませんが、法律にこちらが規定されていることからも推測されるように、実はこちらが特別警報の本質であると私は考えています。
この問題については、当然ながら地方自治体も大きな関心を寄せています。その内容を特別警報に関するよくある質問から探ってみましょう。地方自治体からの質問や意見に関しては、より詳しい内容が特別警報の発表基準についての中の地方自治体からの主な意見・要望に対する気象庁の見解・対応や地方自治体からの主な意見・要望の個別詳細にもあります。これを見ると、大雨の特別警報に関する質問が特に多いのが目につきます。「数十年に一度」がわかりにくい、あいまいだ、もっと具体的に、広範囲であることを明記すべき、市町村ごとに細分化してほしい、など、各地の自治体から議論百出といった状況です。大雨以外の特別警報に対する意見と比較して、大雨の特別警報には特に多くの意見が出ているということは、大雨の特別警報だけに固有の問題があると考えるべきでしょう。特別警報の説明を受けた自治体の担当者は、日頃の大雨対応を思い浮かべながら、このシステムに違和感をもったのではないでしょうか。
地方自治体の担当者から見れば、警報にどう対応すべきかというのは常に悩ましい問題です。気象庁から警報が出れば地方自治体は対応に「努めなければならない」ので、その対応が無駄になる場面が続くと不満もたまってきます。だから、警報はできれば外さないで確実な時に出して欲しいし、予報も偏らないようにしてほしい。例えば気象庁の予報精度と防災行政からは、気象庁の予報に振り回される自治体の防災担当者の嘆きが聞こえてくるようです。また東京都の猪瀬知事は首都圏の大雪予報の外れについて公然と批判を行いました(参考)。よく予報が外れても多少不便になるだけなので構わないという意見を聞きますが、こうした防災担当の方々までを含めれば、多少の実害(コスト)も生じうることは気にとめて欲しいと思います。
とはいえ、これまでの気象庁はこうした苦情を受け流すこともできました。気象庁の任務はあくまで予報(注意報・警報)の発表であって、それに対する具体的な対応は自治体の皆さんが考えてくださいという論理です。自治体の対応は究極的には自らの責任において実施したものですので、無駄になったコストも最終的には自ら引き受けねばならないというのが原則です。こうして予報と対応が切り離されていたこれまでなら、警報は「外さないことが望ましいが外れることも止むを得ない」情報として、気象庁と自治体の間のコミュニケーションを担ってきました。
ところが特別警報では事情が違ってきます。気象庁が発表した段階で自治体は対応「しなければならない」のです。自治体としては「そんな状況ではない」と考えても、そうした自主判断は許されない状況となりました。そして何らかの対応をすればコストが発生します。もちろん明らかに対応すべき状況なら問題はないのですが、特別警報の対象となる都道府県という単位はそれなりに広いので、明らかに対応が必要なさそうな自治体も巻き添えを食らってしまいます。そして頑張って対応した結果、何も起こらず特別警報が「外れ」に近い状況になったとしたら、どう思うでしょうか。「気象庁が言うから対応したのに、どうしてくれる!気象庁はコストを負担しろ!」と言い出すところが出てくるかもしれません。やらされ感が強まれば、情報が外れたときの批判も強まるでしょう。これは気象庁にとっては大きなプレッシャーです。特別警報で自治体への強制力が上がったことは、気象庁の権限を増すと同時に、気象庁の責任を増す方向にも作用します。その結果、注意報や警報とは異なり、特別警報は「外してはならない」情報になってしまった、というのが私の考えです。
この「外せない戦い」に、気象庁はどうやって勝てばいいでしょうか。特別警報ができたからといって、急に天気予報の精度が上がるわけではないのです。今回の大島豪雨でも、状況によっては大島ではなく近隣の島が大雨になったかもしれません。北風と南風の強さのわずかな違いで線状降水帯の位置は動きますので、市町村スケールで事前に大雨の位置を予測するのは技術的にまだまだ困難なのです。そこで気象庁が考えた作戦が「広域化」なのではないか、というのが私の推測です。なぜなら、特別警報は都道府県程度の広域に対する情報であると定義することによって、特別警報を外す確率を下げられるのです。確率論的に考えると、1都道府県に10個の市町村があったとして、1個の市町村に特別警報を出すと1/2の割合で外れるという場合でも、10個のすべてで外れる確率は1/2の10乗とほとんどゼロとなり、外れることはほとんどなくなります(実際は隣接する市町村で事象が独立ということはないのでこれは乱暴な単純化です)。気象庁自身も格子数を使って煙に巻くように特別警報の仕組みを説明していますが、これだけだと気象庁が頑なに広域化にこだわる理由が今一つピンときません。しかし私のうがった(?)見方では、広域化にこだわる理由はそれが外してはならない情報だから、そして広域化すればするほど外す確率が低くなるから、ということになります。つまり、特別警報の強制力が強まったことの副作用として、予報の確実性を重視せざるを得なくなった。これが特別警報の第二基準(確実性)です。
実は他にも「外せない戦い」に勝利する方法はあります。例えば警報をより直前に発表するという短時間化の方法です。遠い未来のことはわからないとしても、近い未来のことであれば予測精度は向上するのではないかという期待が持てるからです。ところがこの戦略は2つの理由で採用しづらいのです。第一に、あまり予報時間が短いと、自治体が対応に動く時間が取れません。自治体の対応を強制することが特別警報の目的なのに、肝心の対応ができないのであれば意味がありません。対応のための時間を確保するには、大雨の発生が確実になってから特別警報を出すのでは遅すぎ、やはりある程度のリードタイムはどうしても必要です。第二に、あまり直前になってしまうと、前編でも述べた「記録的短時間大雨情報」と役割が重複してしまいます。このように時間軸を変更することで精度を上げる方法にはいくつかの問題があるので、空間軸を変更することで精度を上げるしかない。やはり広域化という結論に行き着くのです。
ここにジレンマが生じます。今回の大島豪雨は6時間豪雨の日本記録となったことでもわかるように、どう見ても最大級の豪雨であって、現象の程度が顕著であるという特別警報の第一基準で見れば「いつ出すの?今でしょ!」としか言いようのない現象なのです。ところが特別警報の確実性を向上させるために広域化すると、大島豪雨のような狭域豪雨に特別警報を出すことは困難になります。つまり特別警報の第二基準(確実性)が第一基準(顕著性)の邪魔をしているのです。そしてこの問題が厄介なのは、物理学の不確定性原理ではありませんが、「顕著な現象を狭域でかつ確実に当てる」という予報は原理的に実現できないという点にあります。つまり、顕著性と確実性がトレードオフの関係になってしまうというのが、特別警報の問題の本質であると言えます。
そしてこれは、大雨の場合に顕著となるトレードオフでもあります。他の特別警報と比較してみましょう。津波特別警報の場合、地震という要因はすでに確定していますし、津波の程度の予測は依然として難しいにしろ、津波は海を伝ってやってきますから特定の市町村だけ外すという結果は考えにくい。火山特別警報はそもそも対象となる火山が確定してますから、広域性ということは最初からあまり問題ではありません。また台風特別警報についても、台風のサイズを考えると広域性をもった情報であることに不自然さはない。つまり大雨だけが、現象の特性と特別警報の定義が一致していないのです(ちなみに大雪も一致していない可能性はあります)。そうした問題につながる懸念が自治体から出ていたにもかかわらず、特別警報というシステムを進めたことが、結果的に今回の混乱を巻き起すことになってしまいました。
この問題に対して、気象庁は部分的な対応でしのごうとしています。例えば大島豪雨への対策の一つとして、離島に対する例外処理の導入が議論されています。つまり、特別警報が離島に出しにくいという問題の解決策として、離島で特別警報相当の現象が発生しそうな場合は、市町村に対してより密に連絡を取るという例外処理を導入するというのです。とはいえ、特別警報がない時代に大島豪雨が発生したとしても同じ解決策を提案するのではと考えると、これは特別警報の有無に関係ない解決策だと考えられます。また連絡を密に取る目的は、自治体が行動を起こすべきタイミング、すなわち前編で述べた避難勧告や避難指示をいつどう出すかに関する参考情報を伝える点にあるという意味では、事前の防災情報の出し方については結局のところ避難勧告や避難指示の議論をすれば十分で、特別警報を強いて議論に持ち出す必要もあまりないと考えられます。一方で、もし離島で特別警報の狭域化が可能なら、なんで本土でも同じことができないの、という別の批判も起こってくるでしょう。実際すでに地方自治体からこうした意見が出ていますが、これに対して気象庁は論理的に説明することはできないでしょう。だからこそ、特別警報の広域化は譲れない一線なのです。
このように、特別警報の本質的な問題が「外せない戦い」にあるという視点から分析すれば、問題の構造は明確だと思います。例えば、「特別警報が当たった」というのは、どこかの市町村において防災対応が正当化できるような現象が発生することである、と定義してみましょう。すると、陸に比べて海の面積が広い地域では、対象地域の面積を広げて当たる確率を上げるという戦略が使えません。例えば、離島の近辺の海上で発生する大雨を正しく予報できたとしても、それによる防災対応は生じないので特別警報が当たったことにはならないのです。その意味で、大島に大雨の特別警報が出せなかったことに対する対策として、よく言われる「大雨の特別警報が出せるように改良しろ」という意見に私は賛同しません。制度設計の欠陥に対してその場しのぎの対応をいくら頑張っても、本質的な問題解決にはつながらないと考えるからです。むしろ私の疑問は別のところにあります。「大雨の特別警報の存在意義って一体何なのだろう?」ということです。あれ、もしかすると、大雨の特別警報ってなくてもいいんじゃないの?
さらに言えば、「特別警報はなくてもいい」だけでは済まず、特別警報の存在が却って悪影響を及ぼす可能性だってあるのです。それが地方自治体の特別警報依存です。気象庁の特別警報が出たら動かなければならない、という規則は、気象庁の特別警報が出たら動けばいいや、という依存関係に転化しうる危険性をはらんでいます。このような懸念は気象庁も持っており、特別警報についてで、「土砂災害警戒情報が避難勧告の判断を支援するとの位置づけは、特別警報の実施後においても当面は変わりません。」と言及しています。つまり、今まで通り避難勧告などは出してくださいということで、逆に言えば特別警報の役割は「より切迫感をもって防災対応に臨んで」もらうための、限定的な役割しか担っていないと考えることもできます。
地方自治体にとって避難勧告や避難指示を出すことは、大変な責任が生じる重い意思決定でもあります。例えば台風200909号の時に発生した兵庫県佐用町の豪雨では、町の避難勧告が遅れたために避難途中で洪水に巻き込まれたとして、自治体の責任を問う裁判がありました。最終的に町が勝訴はしましたが後味は悪い結末になりましたし、避難勧告・指示の適切さが問われる事例は大島豪雨以前からも多々あったのが現実です。そんな状況に対して、気象庁が一元的に管理する特別警報というシステムが登場すれば、「それはありがたい。重大な判断はそちらにお任せしたい。」という気分が生じる自治体が出てくる可能性も否定できません。
この状況はみんなを幸福にするのでしょうか。地方自治体が中央機関の判断を当てにするようになると、きめ細かい情報や対応がなくなって、住民にとってはありがたくない状況が生じるかもしれません。一方、気象庁にとってもこれは望ましい状況なのでしょうか。もちろん権限は増しますが、責任も増します。実際のところ、今回の大島豪雨をきっかけに、気象庁の責任がより厳しく問われる時代に入ったような感もあります。それは時代の流れの一環かもしれませんが、特別警報を導入したことの副作用もあるでしょう。今回の大島豪雨で特別警報を出せなかった問題について、システムの発注者とも言える政府や国民は「なぜ出せなかったんだ」と気象庁に文句を言いました。システムの仕様に「最高度の警報に対応できます」のようなことが書いてあるのに、「いや今回は出せません、それは格子数がうんたらかんたらで…」と説明されたら、発注者側としては「細けぇこたぁいいんだよ。」と言いたくなるのも自然な感情でしょうし、私だって同じように感じます。これで気象庁も、大島豪雨のような局地的な現象への対応のため、当初は予期していなかった工数をかけなくてはならなくなりました。
こう見てくると、特別警報システムの導入によって、みんながそれぞれつらくなる方向に進んでいるようにも感じます。もしそれが実態ならば、問題設定がまずいために筋が悪いシステムが生まれているのです。「人間を幸福にしない特別警報というシステム」を作らないためにも、特別警報が本来果たすべきだった役割について根本から考え直すことが解決に向けて必要であると思います。
筋が悪いシステムの解決策は2つあると最初に書きました。問題を分離するか、一石二鳥のアイデアを考えるかです。私は残念ながら後者のような魔法のアイデアを持ち合せていないので、問題の分離という解決策をここでは考えたいと思います。すなわち特別警報の顕著性と確実性の分離です。まず第一基準の顕著性について、警報の上位レベルの情報を導入するという点については、数字を使ったレベル化という簡単な解決策があります。例えば気象庁が発表する情報の中でも、火山に関する情報である噴火警戒レベルには既にレベル分けが導入されていますので、同様に「大雨警戒レベル」を導入すればレベル数を増やすことは難しくありません。そして防災気象情報の改善に関する検討会において、実はレベル化に関する検討が大島豪雨以前から進んでいます。今のところ5段階に分ける案が有力のようです。またその特徴はレベルに「行動カテゴリ」が結び付けられている点で、現象の程度だけではなくそれに対する行動にも注目している点では在日米軍の台風警報とも共通する面があります。現在の案を見る限りでは、現在の特別警報よりも新システムの方が筋がよいように思えますので、特別警報の第一基準については速やかにこちらに統合すべきでしょう。
ちなみにレベル化に関するもう一つの重要な点は、外国人のような「非日本語話者」でも容易に理解できる情報になるし、それは同時に非専門家でも理解しやすい情報になることを意味するという点です。そもそも、「注意報<警報<特別警報」のようにもともと順序関係がない単語間にむりやり順序をつけ、「がんばって覚えなさい」というやり方も筋が悪いのです。法律用語としては良いのかもしれませんが、順序を表す「グローバルスタンダードなツール」である数字がせっかく存在するのに、わざわざ難しい単語を使う必要もないと思います。そして「避難勧告<避難指示」という順序関係についても、どちらが重大な情報なのかわかりにくいという問題が昔から指摘されています(参照)ので、これは気象庁の情報ではありませんが、いずれは整理してほしいところです。
さて最後に残ったのは、特別警報の第二基準(正確性)です。そもそもこれが諸悪の根源で、気象庁は自らを「外せない戦い」に追い込んではならないと考えます。予報には不確実性がつきものだからです。気象庁が集中すべきなのは気象情報を各地の人々に適切に伝えることであって、「最大級の大雨が発生しているのに出せない最高レベルの警報」のような、目的が曖昧な情報を作るべきではありません。もちろん予報を外さないことが望ましいとはいえ、外さないことに過度にこだわることによって情報を歪めるのでは本末転倒です。
そして、予報への対応が結果的に無駄になった場合のコストを社会に必要なコストとして受け入れるには、コストを負担する者が自らの意思決定のもとで対応を行う、という点はやはり外せないように思います。気象庁(あるいは国の機関)に言われたから(しょうがなく)やった、という形では納得することは難しい。もちろん、地方自治体が責任を持つという方針は、すでに述べたように簡単ではありません。すべての自治体に防災担当者を置いて、状況に応じて最適な判断を下していく体制を作り上げるのは、現実的には難しい面があります。また大島豪雨では、自治体の対応が適切ではなかったと言われても仕方がない状況がありました。だったらすべて中央から面倒を見たほうが状況は良くなるのかというと、それもやはり私には疑問です。なんと言っても、現実に対応に動かなければならないのは地元の人々だからです。そこをどうサポートするか、そこが本来の任務ではないでしょうか。
以上の議論から、防災気象情報のレベル化の導入を進め、導入のタイミングで特別警報を大幅リニューアルして自治体の対応を強制する現象から大雨を外すとともに、適切な避難勧告や避難指示が出せるように自治体と気象庁との連絡を密にする(+連絡手段も技術的に改善する)ことで、二つの基準を分離する、というのが現実的な対応ではないかと考えます。
2013年10月18日 21:00 JST
台風26号(WIPHA)によって、伊豆大島では大規模な土砂災害が発生しました。現時点では死者25人、安否不明は22人となっています。これほどの大規模災害をなぜ防げなかったのか、その検証が始まりつつあります。一つ言えることは、6時間降水量のアメダス日本記録を記録したような大雨と、それによって発生した大規模な土砂災害を、防災施設の強化(ハード対策)のみで防ぐのはおそらく無理ということです。現地の状況を映像で見ると、まさに「山津波」のようです。この土砂災害から助かるには、台風が接近する前に安全な場所に避難する、というのが唯一の方法だったでしょう。検証においては、台風が接近する前に避難することがなぜできなかったか、また今後それを実現するにはどうするか、という点を中心に教訓を導いて欲しいと思います。
大島町の防災体制、特別警報の問題点が明らかに 伊豆大島豪雨 24時間雨量824ミリの衝撃という、今回の豪雨に関して発表された気象情報を時系列できちんとまとめた素晴しい記事があります。この記事を参考に、今回の豪雨ではどのタイミングで避難が可能であったのかを振り返ってみましょう。以下に今回の大雨に関して発表された情報をまとめてみました。
発表時刻 |
種類 |
意味 |
17:38 |
大雨警報
|
重大な災害が起こるおそれのあるときに発表する情報 |
18:05 |
土砂災害警戒情報
|
大雨警報(土砂災害)が発表されている状況で、土砂災害発生の危険度が非常に高まったときに、市町村長が避難勧告等の災害応急対応を適時適切に行えるよう、また、住民の自主避難の判断の参考となるよう、対象となる市町村を特定して都道府県と気象庁が共同で発表する防災情報 |
2:32, 3:47, 4:50 |
記録的短時間大雨情報
|
数年に一度程度しか発生しないような短時間の大雨を、観測(地上の雨量計による観測)したり、解析(気象レーダーと地上の雨量計を組み合わせた分析)したときに府県気象情報の一種として発表し、その基準は1時間雨量歴代1位または2位の記録を参考に、概ね府県予報区ごとに決定 |
ここで18:05に発表された「土砂災害警戒情報」が、避難勧告の判断を支援することを想定した情報です。もしこのタイミングで避難勧告を出して避難所を開設していれば、あるいは避難して助かった人がいたかもしれません。それに対して「記録的短時間大雨情報」のみは観測に基づく情報であるため、発表されるタイミングはどうしても大雨のピークと重なってしまいます。しかも今回は午前2時から3時の深夜が大雨のピークだったことから、これを聞いた後で暗闇の中を避難することは困難だったでしょうし、避難自体が別種の危険を伴いますのであまりお勧めできません。となると、土砂災害警戒情報が発表された時点で何も動かなかったこと、これこそが今回の最大のポイントで、この状況を改善できるのかという点が検証の焦点になると思います。
それに加えて上記の記事は、アメダス大島の雨量が200mmを越えた22時、そして気象庁から東京都に電話連絡した22時30分などにも、避難勧告・避難指示を出すチャンスがあったのではないかと考察しています。東京都から大島町への連絡は翌日0:10だったようで、この時間遅れの原因はわかりませんが、このタイミングはもうラストチャンスでしょう。そして記録的短時間大雨情報が発表される頃にはもう避難は困難で、今さら避難勧告や指示を出しても手遅れという状況になりました。気象庁は繰り返し東京都や大島町に直接電話連絡をしたそうですが、このひどい状況でなぜ避難勧告や指示が出ていないのか、理解に苦しんだからではないでしょうか。それほど大島町の対応は不可解なものであると感じます。
結果として命を救うチャンスがあったとすれば、土砂災害警戒情報が出た18時から避難を開始し、雨量が増えてきた22時ごろには避難を終了していなければならなかった。とはいえ、まだ雨もそれほど降っておらず、今後発生するかどうかもわからない土砂災害のために、避難を開始する人は少ないのが実情です。それでも避難を促すことで、一人でも多くの人を救っていくしか道はないのでしょう。1986年には三原山の火山噴火で全島避難するなど、災害に対する意識が高いはずの大島町でこんなことが起こったのは残念ですが、これを教訓により良いシステムを作っていかねばなりません。
なお、もう一つ大きな議論となっている「特別警報」については、これも論点がたくさんあるので後日に改めて後編として考察したいと思います。ただ、上のストーリーに「特別警報」という言葉をわざわざ持ち出さなくても問題点が明らかになったということは、今回のような豪雨では特別警報はあってもなくても大差なかった、と言うこともできます。土砂災害警戒情報よりも早い段階で特別警報を出せるなら意味もあるでしょうが、実際はたとえ出せたとしてもさらに後のタイミングとなり、そのタイミングでは避難が手遅れだった可能性もあります。今回の豪雨でも、気象庁は出すべき情報を適切なタイミングで出していましたし(特別警報のみ議論を呼んでいますが)、今年の8月に特別警報が登場したとはいえ、それ以前からの手順が大きく変わったわけでもありません。むしろ問題となるのは、特別警報はそもそも必要なのか、それとも看板倒れなのか、命を救うためにどんな役割が果たせるのか、といった点であり、そういう点を再考することこそ必要なのではないかと思います。
2013年10月16日 09:00 JST
台風26号(WIPHA)による影響は、今のところ風よりも雨の方が大きいようです。特に大島での集中豪雨は記録的で、6時間降水量549.5mmは全国のアメダス6時間降水量の記録を大幅に更新して史上1位(日本記録)の値、また12時間降水量でも全国のアメダス12時間降水量の記録でもほぼ日本記録に並ぶ2位となりました。この記録的な大雨の影響で、伊豆大島では土砂災害が発生し死者も出ています。元町3丁目の土砂災害現場はアメダス大島のすぐ下にあり、この付近では局地的に雨量が多かった可能性があります。
それに対して風の方は、最大瞬間風速で3:34に八丈島で記録した44.7m/sが最大ですが、特徴的なのは西日本から北日本にわたって幅広い地域で30m/s以上の強風を記録している点で、これは大型の台風の特徴を表しています。
ところで、伊豆大島にはアメダス観測所が実は2ヶ所あり、今回の大雨記録を作った大島(標高74m)に加えて大島北ノ山(標高38m)があります。両者は4km弱しか離れておらず、しかも両者とも島の北西側に位置するのに、10月16日7時までの24時間降水量で比較すると、大島の823.5mmと比べて大島北ノ山は412.0mmと、約2倍の違いが出ています。これは確かに不思議な感じがします。
そこで両者の48時間分の観測値をグラフ化して比較してみると、大島と大島北ノ山で期間中の降水量のパターンは似ており、雨の降り方が違っていたわけではなさそうです。また、この期間に吹いていた北〜北東からの風で局地的な気象の違いが生じたかというと、すぐ東側にある三原山の斜面によって大島の方で雨雲がより強く発達し続けたという可能性もなくはないですが、半日にわたって倍の差が生じるかというとやや疑問も感じます。
さらに、観測機器の問題も考えられますが、風速10m/s程度の時間帯でも違いが生じているため、強風によって降水量が測定しにくくなったわけでもなさそうです。またレーダーによる観測で、午前3時までの1時間におよそ120mmの雨を観測したとの記録的短時間大雨情報が気象庁から出ており、レーダーを信じるとすれば大島の観測値がおかしいとも考えにくい。
ということで、過去の集中豪雨記録で両者を比較してみます。大島と大島北ノ山の記録を比較し、ランキング上位の事例をいくつか拾ってみると、以下のようになります。
24時間降水量の期間 |
大島 |
大島北ノ山 |
2005年8月25日〜26日 |
279 |
254 |
2007年7月14日〜15日 |
168 |
197 |
2009年5月28日〜29日 |
247 |
81.5 |
2012年5月2日〜3日 |
356 |
264 |
2013年10月15日〜16日 |
824 |
412 |
これによると、大島よりも大島北ノ山の方が降水量は少ない傾向があり(もちろん例外もあり)、後者の方が前者の半分以下という事例もあることがわかりました。となると、大島北ノ山の方が大島の半分の降水量しかないとしても、そういうこともありうる、ということになります。今回の台風による大雨は、線状降水帯という細く延びた領域に集中していたことが特徴で(雨雲レーダーの動画)、そのわずかな位置の違いで大きな雨量の差が出たのかもしれません。
2013年10月15日 19:00 JST
台風26号(WIPHA)は大型で強い勢力を保ち、向きを北北東に変えました。雨雲レーダーによると、すでに各地では雨が強まり始めています。まだ数年に一度の大雨になっているところはありませんが、今後は大雨の地点も増えてくるものと思われます。またリアルタイムアメダス風向・風速マップによると、強風域に入った地方では沖縄から九州にかけて、すでに風が強まっています。今後は伊豆諸島などが台風の進行方向右側の強風域に入る可能性があり、強風による被害も心配な状況です。
関東地方に台風が最接近するのは明日の午前中となる見込みですが、気象庁は台風200422号(経路比較)以来、10年ぶりに強い勢力の台風になる恐れがあると警戒を呼び掛けています。その他、台風200206号(経路比較)や台風200221号(経路比較)との類似性を指摘するメディアもあります。特に台風200422号と今回の台風を比較してみると、中心気圧の低さや経路の面では似ていますが、台風のタイプとしてみると前者は比較的コンパクトだったのに比べて今回は大型という違いがあります。ゆえに今回は、台風の中心付近でなくても大雨や突風などの被害に警戒する必要があるでしょう。
なお福島第一原発付近の雨量は今後24時間で320mmとかなり多い予想となっており、汚染水の問題が再発しないか懸念されます。福島第一原発付近の風速も最大風速で25m/s程度(最大瞬間風速はその1.5倍から2倍程度)まで強まりそうです(参考:福島第一原発周辺の台風情報)。
2013年10月14日 16:00 JST
台風26号(WIPHA)は大型で非常に強い台風に発達しました。大東島地方はすでに強風域に入っていますが、16日は本州や四国全体が影響を受けそうです。雨と風の両方に警戒が必要ですが、本州接近時には50km/h程度のスピードまで加速することが予想されていますので、特に強風には注意が必要で、本州各地の交通にも混乱が生じることになりそうです。また関東地方に接近する台風としてはかなり強い勢力を保っている可能性がありますので、類似台風なども参考に早めの対策を心掛けてください。
なお類似台風と今回の台風の経路を比較したい場合には、名前で台風系列を検索の検索ボックスにスペース区切りで台風番号を入力し、その後の検索ページから「台風経路図を描画」などを選んでください。
2013年10月13日 17:00 JST
台風26号(WIPHA)は北上を続けており、日本列島にかなり接近する可能性が出てきました。この台風は大型の台風でスピードが速いという点は要注意だと思います。大型の台風は発達と衰弱のスピードが比較的遅い傾向があるだけでなく、この台風は 予報によると今後北上しながら徐々に加速するため、勢力があまり衰えずに日本列島に接近してくる可能性があります。接近が予想される地域では要警戒です。
2013年10月11日 07:15 JST
台風26号(WIPHA)がマリアナ諸島で発生しました。 予報によると、今後は北西に進みつつ発達する見込みです。
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